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暗い日曜日─後編〜“自殺の聖歌”と呼ばれた曲にまつわる謎と真相

2015.12.20

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前編に引き続き、名曲「暗い日曜日」にまつわるエピソードをご紹介します。
──1936年2月、ハンガリーのブダペスト市警が靴屋主人ジョセフ・ケラーの死亡現場を調査中、奇妙な遺書を発見した。
自殺したケラーが書き残したその走り書きのような遺書には、「暗い日曜日」の一節が引用されていたのだ。
自らの命を絶つ者が、辞世の句の代わりとして、愛する歌の一部を引用することは、特に珍しいことではないかもしれない。
しかしこの歌に限っては別だった。
その歌は、自殺したケラーのみならず、警察にとっても特別な意味を持っていたのである。
当時、既にブタペストではでこの歌に関連した自殺者が複数出ていたのだ。

音楽酒場で地元のミュージシャンが「暗い日曜日」を演奏したところ、突然、男二人がその場で拳銃自殺をした。14歳の少女が「暗い日曜日」のレコード盤を抱きしめたままドナウ河で入水自殺した。80歳の老人が「暗い日曜日」をかけながら、7階から飛び降り自殺をした。

はじめは単なる偶然と捕らえていた警察関係者も、ここまできて、いよいよ事の重大さを認めぬわけにはいかなくなった。
明確な理由は定かではないが、とにかく、相次ぐ自殺事件とこの「暗い日曜日」が、何らかの形で繋がっていることは、もはや否定出来ない事実だったからだ。
そして間もなくハンガリーではこの「暗い日曜日」のレコード販売と演奏が禁止となった。
それは言うまでもなく、異常な事態だった。
一曲の歌が、人を自殺へ追い込む力を持つことを認めたことになるからだ。
しかしそれだけでは、この“死の連鎖”は止まらなかった。
ハンガリーで禁止される前に「暗い日曜日」は、既に海外へと輸出されはじめていたからである。
そして立て続けに、以下のような事件が起きた。

ベルリンでは若い女性が首つりで命を絶った。足下には「暗い日曜日」のレコード盤が置かれていた。ニューヨークでガス自殺した女性が、遺書に葬式で「暗い日曜日」を流すようリクエストしていた。ローマで、自転車に乗っていた少年が、ふと、浮浪者の前で立ち止まった。少年はポケットの有り金を全て手渡し、フラフラと河へ飛び込み、死亡した。後の調査で、浮浪者はただ「暗い日曜日」を口ずさんでいただけだ、と打ち明けた。

世界各地で「暗い日曜日」に関連した自殺が相次ぐと、この歌は、いつしか“自殺の聖歌”とまで呼ばれるようになった。
それはもはや各国の放送局が無視できぬほど、大きな騒動となっていたのである。
最初に自粛を行ったのは、英国のBBCだった。
次いで米国のラジオネットワーク各局もすぐに追従した。
フランスのラジオ局では、心理学者を呼び、この「暗い日曜日」が精神に及ぼす効果の検証を行った。
しかし原因は全く掴めぬまま、ただいたずらに犠牲者(自殺者)の数だけが増え続けたという。
一体なぜ、多くの人々がこのメロディーに誘われるように次々と命を絶ったのか?
その真相は謎のままである。
人を死に至らしめる歌 ──それは人々の妄想と噂話、そして少しばかりの奇妙な事実が重なりあって、今や“都市伝説”のようなものとなっている。
この歌が生まれた1930年代は、世界的に経済不況と政治的緊張が続いていた。
さらには第二次世界大戦が1939年に勃発する。
多くの名曲がしばしそう言われるように、その当時の空気を生々しく旋律として引き受けたために、最も鮮明な形で時代を象徴してしまったのではないだろうか?
結果、この陰鬱な旋律が人々の感情をある衝動へと駆り立てるトリガー(きっかけ)としての機能を果たしてしまったのではないだろうか?
最後に…この歌について、どうしても触れておかなければならない事実がある。
それはこの歌にまつわる一連の現象が如何なるものであったにせよ、作曲者のシェレッシュ自身、自分が生み出したこの歌が持つ“不可解なチカラ”から、決して逃れることが出来なかったということである。
1968年当時の新聞は、その男の死を、次のように報じている。

【ブダペスト1968年1月13日】
ハンガリーの作曲家シェレッシュ・レジェーが、昨日、自殺遺体で発見された。
当局の発表によれば、亡くなる前の週の日曜日、69歳の誕生日を迎えたばかりのシェレッシュは、自宅アパートの窓から飛び降りて死亡した。



日本では淡谷のり子を筆頭にエノケンこと榎本健一、東海林太郎、越路吹雪、美輪明宏、戸川昌子、岸洋子、金子由香利、夏木マリなどシャンソンを専門分野とする歌手が持ち歌にしている。
岩谷時子による訳詞で歌われることが多いが、1978年発表の浅川マキによる日本語詞、および歌唱が原作の持つ世界に近いと言われている。



浅川マキ『Long Good- bye』
2010年/EMIミュージックジャパン

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