「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the ROOTS

絵空事のような会話から生まれた奇跡のバンド

2024.12.06

Pocket
LINEで送る

1988年。ジョージ・ハリスンは、5年ぶりに発売して大ヒットを記録していたアルバム『クラウド9』からの3枚目のシングルとして、「ディス・イズ・ラヴ」を発売しようとしていた。

だが、カップリング曲が決まっていなかった。アルバムに収録されているものではなく、新しい曲にできないか、というのがレコード会社の要望だった。

ジョージは、早速『クラウド9』のプロデューサーだった元エレクトリック・ライト・オーケストラのジェフ・リンに相談を持ち掛け、新曲の構想を練った。

アイディアの骨子ができると、2人はスタジオに入った。カリフォルニア州サンタモニカにあったボブ・ディラン所有のスタジオだった。セッションは和気あいあいと進んだ。

「このままバンドを組もうか?」
突然、ジョージが言った。

ジョージといると、信じられないことばかりが起こるのだと、ジェフ・リンはローリング・ストーン誌のインタビューで回想している。

「他にバンド・メンバーは?」とジェフは聞き返した。
「ボブ・ディラン!」
 ジョージの口から真っ先に出たのは、信じられない名前だった。
「嘘だろ!」

思わずジェフは口走った。だが、その場の雰囲気を壊すのも大人げない。ジェフも夢のバンド・メンバーを選んでみせた。
「ロイ・オービソンは?」

ロイ・オービソンは、ジェフの子供の頃からのアイドルだった。

「ロイ・オービソン! いいね。大好きだよ」とジョージは言った。そして、思い出したのである。トム・ペティにギターを預けてあったことを。

トム・ペティは、ジョージ、ジェフ、共通の友人だった。特にジェフは、トムと「アイ・ウォント・バック・ダウン」を共作したばかりだった。

ジョージは本気なのだ、とジェフは思った。トムはハートブレイカーズと共に、ボブ・ディランのツアーをサポートしていた。不可能だと思っていた夢のバンドのひとつひとつのピースを、ジョージは無邪気な子供のように寄せ集め、はめ込んでいった。

こうして奇跡的なセッション・バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズは誕生したのである。

「ボブ・ディランが創作する現場に立ち会えたことは、とても印象深かった」と、トム・ペティは語っている。様々なアイディアがぶつかり合う時、それを解決してしまうような魔法の言葉を、ディランが紡ぎ出していく現場は、ただ一緒にステージに立つことでは味わえないものだった。

それぞれレコード会社が異なるため、覆面バンドとなったトラヴェリング・ウィルベリーズは、『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』を10月にリリースする。

ジョージのカップリング曲として作られた「ハンドル・ウィズ・ケア」は、アルバムの1曲目に収められた。

さらに、トラヴェリング・ウィルベリーズにはコンサート計画があった。

「トラヴェリング・ウィルベリーズであるからには」と、ジョージはアイディアを出した。コンサート・チケットを買ったファンは空港に集まる。そして飛行機に搭乗し、機体が離陸すると、バンドが登場し、演奏を始めるというのである。

だが、こちらの夢は叶わなかった。その年の終わり。ロイ・オービソンが52歳の短い人生に突然、幕を降ろしたからである。



トラヴェリング・ウィルベリーズ『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』
Wilbury Records

●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the ROOTS]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ