1988年。ジョージ・ハリスンは、5年ぶりに発売して大ヒットを記録していたアルバム『クラウド9』からの3枚目のシングルとして、「ディス・イズ・ラヴ」を発売しようとしていた。
だが、カップリング曲が決まっていなかった。アルバムに収録されているものではなく、新しい曲にできないか、というのがレコード会社の要望だった。
ジョージは、早速『クラウド9』のプロデューサーだった元エレクトリック・ライト・オーケストラのジェフ・リンに相談を持ち掛け、新曲の構想を練った。
アイディアの骨子ができると、2人はスタジオに入った。カリフォルニア州サンタモニカにあったボブ・ディラン所有のスタジオだった。セッションは和気あいあいと進んだ。
「このままバンドを組もうか?」
突然、ジョージが言った。
ジョージといると、信じられないことばかりが起こるのだと、ジェフ・リンはローリング・ストーン誌のインタビューで回想している。
「他にバンド・メンバーは?」とジェフは聞き返した。
「ボブ・ディラン!」
ジョージの口から真っ先に出たのは、信じられない名前だった。
「嘘だろ!」
思わずジェフは口走った。だが、その場の雰囲気を壊すのも大人げない。ジェフも夢のバンド・メンバーを選んでみせた。
「ロイ・オービソンは?」
ロイ・オービソンは、ジェフの子供の頃からのアイドルだった。
「ロイ・オービソン! いいね。大好きだよ」とジョージは言った。そして、思い出したのである。トム・ペティにギターを預けてあったことを。
トム・ペティは、ジョージ、ジェフ、共通の友人だった。特にジェフは、トムと「アイ・ウォント・バック・ダウン」を共作したばかりだった。
ジョージは本気なのだ、とジェフは思った。トムはハートブレイカーズと共に、ボブ・ディランのツアーをサポートしていた。不可能だと思っていた夢のバンドのひとつひとつのピースを、ジョージは無邪気な子供のように寄せ集め、はめ込んでいった。
こうして奇跡的なセッション・バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズは誕生したのである。
「ボブ・ディランが創作する現場に立ち会えたことは、とても印象深かった」と、トム・ペティは語っている。様々なアイディアがぶつかり合う時、それを解決してしまうような魔法の言葉を、ディランが紡ぎ出していく現場は、ただ一緒にステージに立つことでは味わえないものだった。
それぞれレコード会社が異なるため、覆面バンドとなったトラヴェリング・ウィルベリーズは、『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』を10月にリリースする。
ジョージのカップリング曲として作られた「ハンドル・ウィズ・ケア」は、アルバムの1曲目に収められた。
さらに、トラヴェリング・ウィルベリーズにはコンサート計画があった。
「トラヴェリング・ウィルベリーズであるからには」と、ジョージはアイディアを出した。コンサート・チケットを買ったファンは空港に集まる。そして飛行機に搭乗し、機体が離陸すると、バンドが登場し、演奏を始めるというのである。
だが、こちらの夢は叶わなかった。その年の終わり。ロイ・オービソンが52歳の短い人生に突然、幕を降ろしたからである。

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