いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく新連載「TOKYO音楽酒場」。今回訪れたのは、道玄坂にあるブラジルの音楽とお酒、そして料理を堪能できるバー。店主の明るい人柄から毎夜笑い声が絶えない、楽しい気分にさせてくれる人気のお店です。
渋谷・道玄坂。マークシティの左側にある急な坂を登りきったあたり、雑居ビルの階段を上がると、その店はある。
オーナーの宿口豪さんが、2006年にオープンした〈Bar Blen blen blen〉は、最新のブラジル音楽や美味しいお酒の数々、そしてカジュアルなブラジル料理が味わえる、都内でも貴重な存在の酒場だ。2軒目、3軒目に利用する客も多いが、夕飯がてら1軒目に利用してもしっかりとお腹を満たしてくれるフード・メニューの豊富さがうれしい。
「たとえば黒豆とさまざまな肉を煮込んだ〈フェイジョアーダ〉も、店で手作りしてます。ヤシの木を新芽を水煮にした〈パルミット〉は、ホワイトアスパラみたいで美味しいですよ。東京って、シュハスコ(シュラスコ)を中心にしたレストランは多いですけど、実はブラジルってバル文化が発達してるんですよね。そういうところで出てくる居酒屋料理みたいなメニューって、派手さはないけど美味しいんです」
なんと牛肉のイチボ(臀部)と呼ばれる部位の赤身肉〈ピッカーニャ〉のステーキなども食べられるというから、もはやバー・メニューの範疇を超えている。ポルトガルの国民食と呼ばれる干し鱈のコロッケは、ちょっと強めに効いた塩気で酒がすすむ。
「ブラジルのバル料理って、肉料理や揚げ物がメインなんですが、ポルトガル料理やスペイン料理のフュージョンみたいな感じが多い。塩とビネガーとニンニクが効いてるのが特徴で、アルミの皿にどかっと盛りつけられた料理を、喰い散らかして飲み散らかしてっていうのがブラジルの大衆酒場の雰囲気ですね。東京の飲み屋で例えるとなんだろう……富士屋本店みたいな感じですよ(笑)」
酒棚には、馴染みの薄いラベルが並び、他ではなかなか飲めないブラジルのお酒も多く揃えている。カシャーサというサトウキビから作るブラジルの蒸留酒をベースに、ココナッツの薫りが印象的なカクテル〈バチーダ・ジ・ココ〉などは、甘さにつられて飲むと、うっかり酔いつぶれてしまいそうだ。
「意外とブラジル人ってお酒弱い人が多いんですよ。だから現地では、1杯目にカイピリーニャを飲んで、あとは大体ビールを飲んでるって人が多いですね。ところが今、日本にはブラジル産のビールが一種類しか入って来てないっていうね」
オーナーの豪さんは、群馬県太田市出身。一時期はブラジル人が人口の15%を占めていたブラジリアン・タウン=大泉町も、自転車で10分ほどの距離だったという。しかし、実家で暮らしていた頃は、ブラジルの文化にまったく興味を持っていなかったそう。そんな豪さんの転機になったのは、以前に働いていたMILLIBAR(←TOKYO音楽酒場、第二回で紹介)でブラジル音楽に出会ったことだった。
「もともとヒップホップが好きで、学生時代は渋谷と新宿のレコード屋でバイトしてたんです。そのうち、常連として通ってたMILLIBARで働かせてもらうようになって。あの店って、音楽業界の方もよくいらっしゃるので、サンプル盤やライブのチケットをいただくこともあって。その中で、オットー(OTTO)やマルコス・スザーノ、パウリーニョ・モスカといった、それまで自分の知っていたブラジルの音楽のイメージとは全然違う、クラブ・ミュージック的な聴き方が出来る音楽と出会って。マルコス・スザーノがプロデュースした、モスカのアルバム『Mobile』(1999年)なんかは、生音だけど近未来感があるというか……それこそ1日3回ぐらい、1年間ずっと聴きまくりました」
一気にブラジル音楽の魅力にハマっていった豪さん。今まで訪れる機会も少なかった大泉町にも足繁く通うようになる。
「ブラジルの音楽に触れたくて大泉町によく行くようになったら、ブラジルの食べ物や文化にもハマってしまって。これはもう現地に行かなきゃダメだろ! と。それで2004年に1ヶ月間バイトの休みをもらって、ブラジルをバスで縦断する旅をして。そこからはもう、完全に中毒になりましたね」
ブラジルの文化を肌で感じることで、より深く興味を持つようになっていった豪さん。2006年にこの店を開いてからも、まとまった休みをとって2度ほどブラジルを旅したという。音楽についても、自らの好奇心が赴くままに掘り下げていくうち、ボサノヴァやサンバなど古い音源も聴くようになったが、やはりもっとも惹かれるのはリアルタイムで愛されている音楽だとか。
「お店で流れてる音楽も、昔のブラジル音楽というよりは、90年代以降から現在までに流行ったサンバや、ミクスチャー・ロック、ヒップホップなど、現地でリアルタイムで聴かれているものが多いですね。あとは向こうで大衆的に愛されてる〈パゴージ〉っていう歌謡サンバみたいなジャンルとか。パゴージって捉え方によってはダサいんですけど、そのダサさがすごくグッとくる。そういう音楽って、たとえばタワーレコードとかじゃなかなか買えない。だけど大泉のブラジリアン・コミュニティに行けば、やっぱりみんなそういう音楽ばっか聴いてるし、たくさん売ってるからリアルタイムの流行もわかるんですよ」
そんな豪さんが、1000枚はゆうに超えるであろうレコード棚から選んでくれたのは、この2枚。
「スカンキ(Skank)『O Samba Poconé』(1996年)は、僕も大好きなバンドのセカンド。レゲエの影響も感じるミクスチャー・ロックで、ブラジルのNo.1バンドと言われるぐらいに人気のある存在です。90年代後半とか2000年代前半は、こういう突拍子もない感じの、ブラジルにしかない音楽が多くあって。シコ・サイエンスとかペドロ・ルイスとか、本当にカッコよかったなぁ……やっぱり、そこから古い音楽も好きになりましたけどね。もう1枚は、『Hip-Hop Cultura De Rua』(1988年)。ブラジルで初めてリリースされたヒップホップ・アルバムなんです。〈Cultura De Rua〉っていうのは、ストリート・カルチャーという意味。当時から、ちゃんとヒップホップの根っこの部分を捉えてるんですよね……そういえばブラジルは、クラブに遊びに行くのもめちゃくちゃ面白いんですよ。みんな可愛いし、男子もちゃんとオシャレしててね」
ブラジルでの留学経験もあるスタッフのサホさん(最近働きはじめたばかりだとか)も、自分の目で見たブラジルの印象を続ける。
サホ「そうなんですよね。女子も夜はヒール履くし。ヒール履いてないと、女じゃないぐらいの扱いを受けちゃう(笑)」
「僕も、最初にクラブに行った時は、やっぱりホールド・アップとか怖いんで、現地人になりすますために向こうで買ったボロい服を着ていったんですよ。でも、貧乏人が来たみたいな感じで、全然相手にされないんですよ(笑)。実際にブラジルへ行ってみて、最初は正直カルチャーショックでした。みんな適当だし、人懐っこいし……でも、やっぱり人が面白いんですよね。電車に乗った時、座席がいっぱいで立ってたら『膝の上に荷物置いていいよ』とか声かけてくれるし。片や、町中で銃撃事件なんかもあったり……そんなニュースも目立っちゃうけど、一方ではめちゃくちゃやさしい人も多くて、そのカオス感にヤラれるんですよ。とにかく一度行った人は、やっぱり必ずと言っていいほど、またブラジルに訪れますよね」
豪さんは、太陽のような笑顔を振りまきながら、愛してやまないブラジルの魅力について語ってくれる──カイピリーニャのグラスを傾けては、地球の裏側に思いを馳せてみる。晴れやかな笑顔と笑い声に満ちた〈Bar Blen blen blen〉の人懐っこい居心地の良さに包まれながら、ブラジルの酒場もこんな楽しい雰囲気なのかな、と妄想してみたりして。
……どうやら、カシャーサの酔いが回ってきたみたいだ。
撮影/相澤心也
Bar Blen blen blen
東京都渋谷区道玄坂1-17-12 野々ビル2F
03-3461-6533
OPEN:PM8:00〜AM4:00
*日曜はイベントにより異なります。
月・祝休
http://www.blenblenblen.jp/
8月27日(土)
Blenのパゴーヂ
月に一度のサンバ・パーティー!
19:30開店〜終電まで3回演奏があります
Charge:¥1.500(1ドリンクつき)
✳︎2杯目以降主要ドリンクは¥500均一!
演奏:渡辺健悟、T-Sanada、Mestre Sue & Friends
*本コラムは2014年9月12日に初回公開した記事に加筆修正したものです。