『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(Stranger Than Paradise/1984)
僕はキャリア・アスピレーション(出世)を目指している人の映画を撮ることにまったく興味がない。僕のどの映画にもテーマとしてあるのが、そうしたキャリア・ハッスル(出世主義)の外側にいる人たちなんだ。
「出世しなきゃ」「稼がなきゃ」「いい暮らしをしなきゃ」「モテなきゃ」といった思考に呪縛された人たちを、「スクエア」あるいは「システム社会の奴隷」「社畜」と呼ぶことがある。
一方で、ジャームッシュが宣言したのは、真逆の「ヒップ」な世界。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(STRANGER THAN PARADISE/1984)は、紛れもなくそんな1本だった。
1980年代後半のこと。まだ10代の時に、この映画の存在を教えてくれ、一緒に映画館に誘ってくれたのは、「ヒップ」な世界に魅了されていた友達だった。
彼はその精神を忘れることなく、自分のやり方で、時には屈辱を受けながらも立ち向かい、今ではスクエアな人たちが望んでいた成功を手にした。もちろん本人に“成功”という感覚はない。そんなことはどうでもいいのだろう。
アメリカは高い地位を戦って取る人々の国だということが普通になっている。この映画の中の金銭の考えというのは、全身をかけてそれを得ようとするのではなく、騙したり罠にはめたり、偶然によってそれを掴むことだ。
監督のジム・ジャームッシュは、17歳でニューヨークに出てバンド活動を開始。その後、作家を志すためにコロンビア大学文学部へ入学した。故郷のオハイオでは映画はあまり観ていなかったが、1974年にパリに9ヶ月滞在した時にゴダールや小津安二郎といったヨーロッパや日本人の映画作家を発見。同時にサミュエル・フラーなどのヒップなアメリカ映画にも触れた。
ニューヨークに戻ったジャームッシュは、作家として物語を綴り始めるが、それが極めて視覚的なものに変化したことを自覚。1975年になるとニューヨーク大学大学院の映画学科へ再入学する。ここで師となる伝説のニコラス・レイ監督と出逢い、助手を務めることになった。
そして在学中に最終学期の学費をすべて注ぎ込んで、『パーマネント・ヴァケーション』という16ミリを撮影。これを高く評価したロードムービーの映画作家ヴィム・ヴェンダースから、40分ほどの量の余ったフィルムを譲り受けたジャームッシュは、ニューヨークを舞台にした30分の短編作品を撮り上げる。ヴェンダースはせいぜい5分程度の作品を期待していたので驚いたそうだ。
この作品こそ3部構成の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の最初の1部である「新世界(THE NEW WORLD)」だった。貴重なフィルムの無駄遣いを避けるため、入念にリハーサルを繰り返してたった2日間、8000ドルで制作した。
この30分の短編がロッテルダム映画祭に出品されると話題を呼び、協力者の援助で残りの2部「1年後(ONE YEAR LATER)」と「パラダイス(PARADISE)」(それぞれ30分ずつ)を撮ることに至って長編に仕上った。総制作費は12万ドル。
つまり、アメリカを通常そう思われているようには示さないことで、アメリカに異質の光を当ててみたかった。形の上ではこれはとても非アメリカ的な映画だけれど、テーマや性質の上では、かなりアメリカ的だと思う。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は、ハリウッド大作に親しみ慣れた人たちには理解不能な作品かもしれない。淡々とした日常のスケッチの中で、大事件やロマンスも起こらない。普通ならカットしてしまうようなシーンが編集されている。
しかもざらついたモノクロフィルムであり、ワンシーン・ワンショットであり、その間をブラックアウト(黒みつなぎ)で綴っていく。
余りにも新鮮な感覚を呼び起こしたこの作品は、カンヌ映画祭の最優秀新人監督賞をジャームッシュにもたらした。各々の映像が次の映像までの間、心の中に残るという不思議な情感に多くの人が魅せられたのだ。
──「新世界」
ウィリー(ジョン・ルーリー)はニューヨークの安アパートに住みながら、友人のエディ(リチャード・エドソン)とともに競馬やポーカーといったギャンブルで生計を立てている。ウィリーはハンガリー出身で、本名はベラと言うが、エディにはそのことを隠していっぱしのニューヨーカーを気取っている。
そんな時、ハンガリーからやって来て、オハイオ州クリーヴランドに住むロッテおばさんの家に向かう途中の従妹のエヴァ(エスター・バリント)を一時的に預かることになる。彼女を見ていると自分が見捨てた祖国を思い出すので噛み合なかったウィリーだが、10日後の別れの日にはエヴァに身内としての親しみを抱くまでに至った。
──「1年後」
イカサマで600ドルを得たウィリーとエディは、どこかへ行こうと提案。借りた車でクリーヴランドに向かう。エヴァの様子を見に行こうというわけだ。ロッテおばさんも温かく迎え入れてくれるが、ハンガリー語しか飛び出さない。なぜかエヴァのデートに付き添ったり、ポーカーをしてロッテおばさんに負け続けたり、雪で何も見えないエリー湖に出向いたりして過ごす。
ニューヨークに帰る二人だが、所持金がほとんど減っていないので、フロリダへエヴァを誘って繰り出すことに。ロッテおばさんは最後になって初めて英語で叫んだ。「Son of a Bitch!」
──「パラダイス」
フロリダに入るものの、安モーテルに宿泊するウィリーとエディ。エヴァが目覚めると、二人はドッグレースで負けて帰って来る。どうしようもないヴァカンス。気持ちが収まらず競馬に出掛ける二人。置き去りにされたエヴァは土産店で帽子を買って被ることくらいしかできない。しかし、その恰好が麻薬売人と勘違いされることになり、彼女はとんでもない大金を手にしてしまう。
その頃、競馬で勝って上機嫌に戻って来るウィリーとエディだったが、書き置きと大金を目にすると、エヴァを呼び戻すため空港に向かう……。
音楽も印象深く、最初は違和感のあるジョン・ルーリーの弦楽四重奏も、時間が経つに連れて見事に風景と同化していく。そして何と言っても、ドクロの杖とマント衣装で有名なスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの1956年のヒット曲、「I Put a Spell on You」の異様で怪奇的な響き。なぜこんな曲が使われたのかというと、ジャームッシュが好きだったからだ。「映画のためのワルツ」と、監督は言った。
予告編
「I Put a Spell on You」と、さえないドレスのプレゼント
こちらはスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの映像
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『ストレンジャー・ザン・パラダイス』パンフレット
*このコラムは2015年6月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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