『ブロウ』(BLOW/2001)
ジョージ・ユング。この名を聞いたことのない人がほとんどだろう。
それもそのはず、彼はミュージシャンでも映画俳優でもない。あえて肩書きをつけるなら、「伝説のドラッグ・ディーラー」「1億ドル以上は稼いだ密輸人」「アメリカにコカインを広めた男」といったところか。
命がけのゲームをやってきた。
だが、俺の前に開かれた道は、月光に照らされた孤独の道だった。
自由を得るために、人生を抵当に入れてしまった。
1942年にマサチューセッツ州の住宅街で生まれ育ったジョージは、父親の事業破産によって一転、貧しい生活を余儀なくされる。「金で苦労したくない」と強く思うようになり、20代の時に幼馴染みと一緒にカリフォルニアへ移り住む。
ヒッピー文化が浸透する60年代のそこは、ジョージにとって「約束の地」だった。顔の広いスチュワーデスと仲良くなったことがきっかけで、元締めの男と親交。ビーチでマリファナを売りさばき、一躍名の知れた存在になった。
その後も友人を介して東部の大学生の間にも市場が拡大。小売業から脱却するために、セスナ機を使ってメキシコの産地から直接取引するようになるが、ある日、密告によって300kgものマリファナを所持しているところを逮捕された。
数年間の刑務所暮らしが決定的になる中、恋人が癌に冒されていることを知ると、看病のために逃亡を図る。しかし彼女が亡くなると、カリフォルニアの仲間たちも離れていった。傷心のジョージはマサチューセッツの実家に出向くが、母親の通報でコネチカット州の刑務所に連れ戻される。
映画『ブロウ』(BLOW/2001)は、そんなジョージ・ユングの半生を描いた衝撃作だった。主演はジョニー・デップで、彼は完全にユングになりきった。
脚本の顔合わせとやらで会ったんだが、あいつは遅刻してきやがった。でも俺は気に入った。文化的な趣味が似ているんだ。正直、奴の映画は1本も知らなかったが、『ブロウ』を観た時は、俺の声や行動、身のこなしといい、恐ろしく似ていた。“俺そのもの”だったよ。
物語は続く。刑務所内で後の相棒となるコロンビア系の囚人と出逢ったジョージは、「まさに犯罪スクールだった」日々の中で、密かにブロウ=コカイン密輸の大計画を企てる。そして出所後の1977年、コロンビアの麻薬王であり、組織の頂点にいたパブロ・エスコバルに気に入られ、取引が実現。
これを機にアメリカでは西海岸からコカインが急速に広まっていった。エスコバルは市場の85%以上を支配していたので(フォーブス誌の世界の大富豪リストに載ったこともある)、ジョージにも莫大な金が転がり込んだ。
マーサ(ペネロペ・クルス)と結婚して豪邸暮らしも始まった。しかし、相棒からの非情な裏切りもあって足を洗うことを決意。女の子も授かったジョージは、薬も酒も断って生活を改めようとする。一方で預金がパナマ政府に没収されてあっけなく文無しになると、マーサは狂乱して愛も冷めていく。夫婦生活が破綻していく中、唯一の支えは娘の存在だった。
「人間誰しも闇の部分を抱えている」のか。「愛する人が去ってしまう」ことを恐れたのか。ジョージはこれが最後と誓った仕事=コカイン300kgの密輸に手を出す。動機は娘との生活をやり直すための金だった。
だがこれは囮捜査で、ジョージは仕組まれた罠にはめられる。ジョージはいつも見捨てずに理解を示してくれた父親のことを想う。今度は長い刑期だった。それは面会に来るはずもない愛娘を待ち続ける日々の始まりでもあった……。
この映画はタイムマシンみたいなものなんだ。
行きたくない場所、忘れてしまった場所、離れたくなかった場所。
いい時も悪い時もすべてが蘇ってくる。
心が引き裂かれそうになる。
俺の過ち、俺の愛、俺の狂気、俺の孤独、俺の歓び……
すべてがここにある。
なお、「ドラッグ以前に親子関係、子供の育て方が重要で、そこが問題なんだ」と力説するジョージ・ユングは、過去の壮絶な日々を振り返りながら2014年に出所。現在は『ブロウ』の続編に取り組んでいるという。(2021年5月死去)
また、映画のオープニングはいきなりコカイン畑から始まるが、バックにはローリング・ストーンズの「Can’t You Hear Me Knocking」が流れている。キース・リチャーズはこの映画を観て一体どんなことを感じたのだろう?
ストーンズのあの曲が流れるオープニングシーン
『ブロウ』
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日本公開時チラシ
*このコラムは2015年7月に公開されたものを更新しました。
*参考・引用/『ブロウ』DVD特典映像
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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