もしも声に温度を感じるとすれば、高く透き通る声には清涼感を感じるし、それに対して低く深みのある声にはぬくもりを感じる。もちろん個人の感覚はそれぞれ違うのだけど。
少し肌寒く、一枚羽織るものが欲しいと思う季節には、ぬくもりを感じるヴォーカルに包まれたい。テリー・キャリアーの声には、そんなぬくもりを感じるのだ。
1945年生まれのシンガー・ソングライターのテリー・キャリアーは、1971年〜73年の間にチェス・レコードのカデットというジャズ・ソウル部門のレーベルから、3枚のアルバムをリリースしている。
1970年代前半といえば、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』(1971年)に始まり、翌1972年にはダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダー、ビル・ウィザース、カーティス・メイフィールド等が続き、内省的なメッセージを楽曲に込めて歌う黒人シンガー・ソングライターが台頭した時代だ。
彼らがソウル・ミュージックに新しい風を吹き込み、日本でもそんな彼らを“ニュー・ソウル”などと呼んだりした。
ジョン・コルトレーンから多大な影響を受け、アコースティック・ギターで弾き語る独創的なスタイルのテリー・キャリアーも、ニュー・ソウルとして位置づけられるシンガーだ。
3歳からピアノを弾き始め、ハイスクール時代には友人たちとドゥー・ワップを歌い、カレッジ時代にはフォーク・ブームに感化されてアコースティック・ギターを持ち、コーヒー・ハウスなどでフォークを歌っていた。
そしてその頃に大きな衝撃を受けたのがジョン・コルトレーンのライブだ。コルトレーンのような迫力と情熱のある表現ができないのならやらないほうがましだと思い、しばらく演奏活動をやめてしまったこともあるという。
そんなテリー・キャリアーのカデットでの3枚のアルバムをプロデュースしたのが、チェスでマディ・ウォーターズや、デルズ、ラムゼイ・ルイス等のプロデュースやアレンジを手がけたチャールズ・ステップニー。
彼はチェスを離れた後にアース・ウィンド&ファイヤーの結成やプロデュースにも関わったとして有名な人物だ。
ここでは、その3枚のアルバムからテリー・キャリアーのヴォーカルを味わってみたい。
Occasional Rain
1971年に録音されたアルバム『オケージョナル・レイン』では、チャールズ・ステップニーの特色である豪華なストリングス使いはなく、シンプルな楽器編成と、テリー・キャリアーのアコースティック・ギターの弾き語りによる短いインタールードを多く配置して、彼のヴォーカルの魅力を際立たせている。冷たい雨の日でもそっと包まれるような温もりが感じられるアルバムだ。
代表曲で、ポップだがどことなく哀愁が漂う「オーディナリー・ジョー」は、大ヒットしなかったことが不思議に感じられるくらいのキャッチーなメロディーが印象的な1曲だ。
そしてタイトル・ナンバーの「オケージョナル・レイン」。ミニー・リパートンのハイトーン・ヴォイスをシンセサイザーのように使って雨音に見立てたところは、まさにチャールズ・ステップニーのマジックを感じる。
テリーのスピリチュアルなヴォーカルと相まって、雨雲の間から光が差すような神秘的な美しさにあふれている。
What Color Is Love
「ある時チャールズから電話がかかってきて、スタジオAで待っているというので、行ってドアを開けてみると、そこには25人ものミュージシャンが顔を揃えて待っていた」という、大編成で録音されたアルバム『ホワット・カラー・イズ・ラヴ』は、よりドラマティックでスピリチュアルな雰囲気に仕上がっている。
25人のオーケストラを従えてその場で録音された「ジャスト・アズ・ロング・アズ・ウィアー・イン・ラヴ」は、壮大でゴージャスなソウル・バラードだ。
チャールズはテリーのクラブでのライブ演奏を観に来て、ライブで人気のあった「ユー・ゴーイン・ミス・ユア・キャンディマン」を聴くと、「ぜひこれもレコーディングしよう」と提案した。
パーカッションとベースラインが印象的な、ライブでの熱気あふれる演奏をそのままに生かしながら、ストリングスのアレンジを加えてよりグルーヴィーに仕上げている。
I Just Can’t Help Myself
そして3枚目のアルバム『アイ・ジャスト・キャント・ヘルプ・マイセルフ』でも、豪華なストリングスを使ったドラマティックな楽曲が楽しめる。よりブルージーで、ジャジーな楽曲もあり、エモーショナルな雰囲気が楽しめる内容となっている。
中でもデューク・エリントンの「サテン・ドール」のカヴァーでは、スキャットを交えたジャズ・テイストあふれるヴォーカルが魅力だ。
レコーディングでチャールズ・ステップニーは、「テイクは1回に限る」という主義であったから、テリー・キャリアーも、その1回に人生のすべてを賭けるつもりで臨んでいたと語っている。そのスリリングな緊張感が伝わってくるのもアルバムの魅力ではないだろうか。
テリー・キャリアーのヴォーカルは時に熱くスキャットし、まるで管楽器のように自由で、そして伸びやかなビブラートが、聴く者の心のひだを震わせる。
そして、そのヴォーカルを際立たせるチャールズ・ステップニーの魔法のようなアレンジが施された3枚のアルバムは、どれも一度は聴いておきたい魅力にあふれている。
しかし、発売当時はあまり評価されなかった。
その理由のひとつは、フォークにもソウルにもジャズにもカテゴライズしにくかったからだと言われているこれらのアルバムが再評価されたのはずいぶんと後になってからのことだ。
1983年には、テリーは愛娘を育てるために音楽業界から引退して、コンピューター・プログラマーの定職につく。しかし、決して音楽を諦めたわけではなかった。
〜次回、テリー・キャリアー(後編)に続きます。
参考文献:waxpoetics japan 15号 チャールズ・ステップニーについてのテリー・キャリアーのインタビューより
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