ヴォーカルは宇宙人と交信しているかのような、摩訶不思議な発声の羅列。
それが重なり合って生まれるビート、リズム、コーラス。
重くうねるドラム、工場のマシーンのような金属音を響かせるギター。
スペーシーなキーボードによる、荒々しくダイナミックなロック・サウンド。
スケールの大きな混沌は宇宙を感じさせる。
今回、ご紹介するのはジャズ・ヴォーカリスト、レイラ・マーシャル(Leïla Martial)が2016年に発表したセカンド・アルバム『BAABEL』。
アルバムはトリオ編成で録音されており、クレジットは以下。
Leïla Martial – ヴォーカル、キーボード
Eric Perez – パーカッション、ベース、プログラミング
Pierre Tereygeol – ギター
Emile Parisien がソプラノ・サックスで2曲のみ参加している。
「Ombilic」レイラ・マーシャル
レイラ・マーシャルの音楽を聴いて連想したのは、フランスのプログレッシヴ・ロック・バンドの「MAGMA(マグマ)」だ。
1969年に結成されたマグマは電化マイルス(注)、キング・クリムゾンを吸収したうえで、オペラ、ジプシー音楽などフランスのルーツと融合させて、独自の音楽を完成させたグループ。
独自の言語、コバイヤ語による発声、呪術的な混声コーラスはもちろん、執拗に反復を繰り返すスペーシー且つダイナミックなバンド・アンサンブルは、レイラ・マーシャルと重なるものがある。
レイラ・マーシャルはクラシック、オペラを嗜む両親のもとに生まれ、幼少よりピアノと音楽理論の教育を受けていた。
やがて10歳となったレイラは毎年、ジャズ・フェスティバルが開かれる町、マルシアックの学校へ通うこととなる。
そのジャズ・フェスティバルを観覧していた時に出会ったのがメデリック・コリニョン。
若き鬼才トランペッターと呼ばれる、フランスのジャズ・ミュージシャンだ。
メデリック・コリニョンもまたマグマと同様に、電化マイルスとキング・クリムゾンから強く影響を受けており、多くの曲をカバーしている。
しかしマグマと同じく演劇的な演出が強調されていながらも、よりフリージャズに接近しており、加えて華やかな印象がある。
これはオペラをルーツとしたものだろう。
自由奔放なヴォーカリゼーションも特徴で、レイラ・マーシャルが影響を受けたのは明らかだ。
Victoires du Jazz 2013 – Médéric Collignon et le Jus de Bocse – Hommage à King Crimson
しかし、レイラ・マーシャルにはメデリック・コリニョンのような華やかさは無い。
それは彼女のルーツにジプシー音楽があるからだろう。
幼少の頃から即興で歌を作っていたという彼女は、オペラと共にジプシー音楽を参考にしていたとのこと。
確かに彼女の音楽には、ジプシー音楽が持っている情熱と悲哀がたっぷり込められている。
ジプシー音楽、オペラ、ジャズが混ざり合って生まれた暗い宇宙。
それはマグマを始め、エルドンなど70年代のフランスのグループで聴くことが出来た「暗黒」と呼ばれるものとつながる。
21世紀に新しい暗黒を味わえるとはうれしい驚きだ。
「Smile」レイラ・マーシャル
(注)電化マイルス・・・マイルス・デイヴィスが1968年作『Miles in the sky』から取り組んだ試みのこと。当時、ロックやポップスでは当たり前だったがジャズではタブーであった電気楽器を導入。更に音楽性も拡大させ、ジャズの伝統を打ち破り、ロックとの融合にも取り組んだ。
なおマグマは未だ現役で活躍中で1998年には初来日を果たし、2010年にはフジロックフェスティバルに出演している。
Magma – Köhntarkösz (Part 1 & Part 2)
(文 旧一呉太良)