1980年前後の日本のポップス、いわゆるシティ・ポップが2010年代になり欧米の音楽リスナーによって再発見されている。日本のレコードショップやCDショップには、当時の名盤を求めて海外から多くの観光客が訪れているという。
このシティ・ポップ・ブームを支えているのは、20代の若者たちだ。彼らはインターネットを通して日本のシティ・ポップに触れ、そこにノスタルジーではない新しさを見出し、そして熱狂している。
そんな若者たちのように日本の音楽に魅せられ、それらを現代的な形で表現しているのが韓国のDJ、Night Tempo(ナイト・テンポ)だ。
1980年代から90年代に幼少期を過ごした彼がシティ・ポップに触れたきっかけは、父親からもらったお土産だった。
「お父さんが海外関係の仕事をしていて、子供の頃に日本のお土産としてCDウォークマンと歌謡曲が入っているコンピレーションCDをもらったんです。そこに入っていた中山美穂さんの『CATCH ME』という曲がすごく好きになった。」
(現代ビジネス インタビュー 『なぜ海外で「シティ・ポップ」が大人気なのか?火付け役に訊く』)
シンセサイザーのサウンドとディスコのグルーヴに惹かれたNight Tempoはそれが角松敏生の作曲であることを知り、彼の音楽にのめり込んでいく。
しかし、当時はインターネットも普及していないこともあり、日本の音楽を聴けるのは父が出張に行く時だけだった。
2000年代にインターネットが普及すると、Night Tempoは自ら通販で80年代の歌謡曲のカセットテープを買い集める。
そして自分が好きな音楽のルーツである山下達郎や竹内まりやといった、シティ・ポップの源泉とも言えるアーティストたちを知る。
アメリカン・ポップスやソウル、ファンクなどのリズムを叙情的なメロディとともに表現した音楽は、彼にとっては時を経ても新鮮なものとして響いた。
そしてその音に感化され、プログラマーの仕事の傍らパソコンのソフトで音楽を作るようになる。
Night Tempoが音楽制作を始めた2010年代初頭、インターネット上では「ヴェイパー・ウェイブ」というジャンルの音楽が生まれていた。
このジャンルは、エレベーターやショッピング・モールで流れていた商業BGMのテンポを落とし、伸びたカセットテープの音のようにリミックスしたことから始まった。
それらの音楽は動画サイトなどでレトロなアニメーションと共にアップロードされ、欧米圏の音楽リスナーに爆発的に広まり、新しい音楽ジャンルとして様々な形で派生していった。
ヴェイパー・ウェイブにヒントを得たNight Tempoは、自分の好きなシティ・ポップをより現代的な形で表現しようと考えた。
そうして試みの中で生み出されたのが竹内まりやの「Plastic Love」をリミックスした作品「Plastic Love(Night Tempo 100% Pure Remastered)」だ。
原曲のテンポと音程を上げ、ベースとリズムを強調ことで、竹内まりやと山下達郎が生み出した楽曲は現代的なダンス・ミュージックへと生まれ変わった。
これが2016年にYouTubeアップされると、グルーヴ感のあるサウンドと切なさを感じさせるメロディに、日本風のアニメーションも相まってインターネットの音楽ファンに広まっていった。
そして今までシティ・ポップを知らなかった人々に「Plastic Love」が伝わり、今では世界中のクラブで流される著名なダンス・ミュージックになりつつある。
Night Tempo自身もインターネット上にアップした歌謡曲のリミックス音源が世界中で高い評判を得る。
今やDJとして日本や欧米でプレイすることも増え、2019年には80年代アイドルWinkの楽曲をダンスナンバーにミックスしたアルバム『Wink-Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ』をリリースする。
彼は作品リリース時のインタビューで、歌謡曲をリミックスすることに対する信条をこのように語っている。
「僕は古いものを今の時代に生きている人たちが聴けるようにしたい。英語の本を翻訳するのと同じだと思います。素晴らしい文化が20〜30年前にあったんですよと。変わるのはいいけど、大切なオリジンを忘れずに何かが新しく始まったら良いですよね」
(qetic 『INTEVIEW Night Tempo』)
海外のポップスを日本語で成立させようと試みたミュージシャンたちによって生み出された日本のシティ・ポップは、リスペクトとセンスを持った青年によって新たな命を吹き込まれた。
そしてそれらは時を超え、新鮮な音楽として海外のリスナーたちに知られ始めているのだ。