1994年に公開されてから30年が経った今でも、90年代におけるアジアン・アート・フィルムの傑作として名高いのが、ウォン・カーウァイ監督による香港映画『恋する惑星』(重慶森林/Chungking Express)だ。
フェイ・ウォンの「夢中人」が、2017年4月22日のレコード・ストア・デイで、日本独自の企画として7インチ・ヴァイナルで限定リリースされた。
この映画は、効果的に使われていた音楽と、スタイリッシュな映像がなくては成り立たない。
映画の前半は、新人だった金城武とベテランのブリジット・リンによる、ミステリアスなフィルム・ノワールといった趣で、レゲエ歌手デニス・ブラウンの「シングス・イン・ライフ」がジューク・ボックスから鳴り響いている。ジューク・ボックスの中ではレコード盤が回りながら煌めいる映像が出てくる。
後半はフェイ・ウォン演じるバーガー・ショップでバイトする女の子と、トニー・レオンが演じる刑事の恋物語になるのだが、前半以上に音楽が実に印象に残る効果を出していた。
女の子がお気に入りの曲という設定で、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」がテーマソングのように使われる。
ラジカセから流れてくる音楽に合わせて、フェイはいつも首を振っている。初めて会った二人の会話は、客のトニーが「シェフ・サラダある?」とフェイに尋ねるところから始まる。
「君は新入りなのか? 見たことないな」
「‥‥(リズムに合わせて首を振るだけ)」
「うるさい音楽が好きなのか?」
「そう、うるさい方がいいの。いろいろ考えなくていいじゃない?」
「考えるの、きらいなのか?」
「‥‥(リズムに合わせて首を振るだけ)」
「何が好きなんだ?」
「分かんない。おたくは何が好き?」
刑事は女の子を顔の近くまで呼び寄せて、目と鼻の先で「シェフ・サラダ」と教える。
「夢のカリフォルニア」をテーマソングのようにしていた女の子は、映画のラストでカリフォルニアへと旅立っていたことがわかる。
そしてエンドロールに流れる主題歌がフェイのうたう「夢中人」だった。これはアイルランドのロック・バンド、クランベリーズ(The Cranberries)のヒット曲「Dreams」のカヴァーだが、フェイの「夢中人」もオリジナルにおとらず大ヒットになった。
7インチ・ヴァイナルの「夢中人」でカップリングに収録されるのは「白昼夢」。こちらはスコットランドのロック・バンド、コクトー・ツインズ(Cocteau Twins)が1993年に発表した「Bluebeard」のカヴァーで、フェイを有名にしたヒット曲である。
フェイはもともと中国本土で歌手として活躍していたが、1993年にちあきなおみの「ルージュ」(中島みゆき作詞・作曲)をカヴァー、それが爆発的なヒットを記録した。
そしてウォン・カーウァイ監督に見出されて映画『恋する惑星』に出演、ピタリと嵌った役で大きくブレイクする。
もちろんカーウァイ監督の鋭い嗅覚と時代を先取りするセンスによるものだが、フェイなくしてはあんなキュートな女の子の恋物語は成り立たなかったのも事実だろう。
映画は日本でもヒットしたが、夢見心地の気分を高める「夢中人」との相乗効果は大きかった。なお。アメリカではクエンティン・タランティーノが絶賛、配給権を自らが獲得している。
*このコラムは2017年4月に公開されたものに一部加筆しました。
(注)2017年4月22日は全世界でレコード・ストア・デイが開催されています。フェイ・ウォンの「夢中人」も日本独自の企画で7インチのヴァイナルがリリースされます。『A1.夢中人 B1.白昼夢』(レーベル名:UNIVERSAL MUSIC / JET SET 価格(税抜):1,900 仕様:7 inch
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