「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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ロバート・ジョンソンが1930年代の後半に録音したブルースを蘇らせたローリング・ストーンズの「むなしき愛」

ローリング・ストーンズは、ブルースの巨人ロバート・ジョンソンが1930年代の後半に録音した「Love In Vain Blues(むなしい恋)」を、1968年に…

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バラードの傑作「メモリー・モーテル」が埋もれていたアルバム『ブラック・アンド・ブルー』

現在はローリング・ストーンズのメンバーになっているロン・ウッドが、オーディションも兼ねていたレコーディングに参加したアルバムが、1976年4月に発売された『ブラ…

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ローリング・ストーンズの名盤『スティッキー・フィンガーズ』で渋い輝きを発していた「デッド・フラワーズ」

単純なコード進行でどれだでカッコいい曲が作れるのか、というのはポピュラー・ミュージックにとって常に大きなテーマの一つだった。 たとえばスリーコードのシンプルなロ…

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細野晴臣プロデュースの「ホルモン小唄」、大瀧詠一が仮歌を吹き込んだのにオクラ入りした理由

1976年の11月から12月にかけて、東京・赤坂にあるクラウン・スタジオでは小林旭のアルバムが制作中だった。同じレコード会社に所属していた縁もあって、細野晴臣が…

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細野晴臣の「ろっかばいまいべいびい」は初めから懐かしいスタンダードのようだった

1973年5月25日に発売された細野晴臣のファースト・ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』で、1曲目にアコースティック・ギターの弾き語りで収録されているの…

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細野晴臣はジミヘンの「ファイアー」と「紫の煙」を完コピして松本隆のオーデションに臨んだ

1968年の春、原宿駅前にあるビルの喫茶店にて どこで細野の噂を聞いたのだろうか、突然の電話で呼び出されたのは前日のことだ。 「慶応の松本という者ですが、ちょっ…

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映画『アメリカン・グラフィティ』のラストシーンから日本につながっていた「夏のクラクション」

コピーライターだった売野雅勇が作詞の仕事を始めたのは1981年からで、その翌年には中森明菜の「少女A」が大ヒットして脚光を浴びた。そして1984年には作曲家の芹…

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石田長生が初めて日本語のブルースを感じたという西岡恭蔵の「プカプカ」

1971年の来日公演で体験したB.B.キングの強烈なチョーキングテクニックと、歌ったり泣いたりしているギターに圧倒されて、石田長生はブルース・ギタリストとして生…

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ロックになったRCサクセションの「上を向いて歩こう」に驚いた作詞者の永六輔

1961年7月21日の夜、世界の音楽史に残るひとつの歌が東京・大手町にあったサンケイホールで誕生した。 永六輔作詞、中村八大作・編曲、19歳の坂本九が歌った 「…

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「遠くへ行きたい」~わかりやすい話し言葉で人の気持ちを伝える歌を残した永六輔

20世紀はラジオやテレビといった放送メディアが発展したことや、レコードの製造や再生機の普及などによって、音楽の表現領域とその影響力が大きく拡がった。 そんな時代…

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発売禁止にならないように計算されていた頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」~〈吐きすて〉の歌の系譜③

タイトルからも想像がつくように「ふざけるんじゃねえよ」は、詞も曲もサウンドもパンクそのものといって過言ではない。 社会に対するストレートな異議申し立ては、まさに…

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研ナオコの「あばよ」は新人シンガー・ソングライターの中島みゆきが初めて他者に提供した作品

ヤマハが主催する第9回「ポプコン」(1975年)で「傷ついた翼」で入賞したことから、北海道のアマチュアでは知られる存在だった中島みゆきに、メジャーのキャニオン・…

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