「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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T・レックスの初来日公演時に日本でレコーディングされた「20センチュリー・ボーイ」

1968年の秋から東芝音楽工業の洋楽部に配属された新入社員の石坂敬一は、アシスタント・ディレクターとして仕事を始めたとき、まずは印象に残る日本語のタイトル、邦題…

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クリエイティブな空気のなかでレコーディングが行われた矢沢永吉の「時間よ止まれ」

1977年の夏に流れた資生堂のキャンペーン「サクセス、サクセス、」で、コピーを書いたのはコピーライターの小野田隆雄だった。 そこから生まれたのが作詞:阿木燿子、…

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変な歌や訳がわからない歌の代表格、あがた森魚の「赤色エレジー」

どういうわけか”変な歌”や訳がわからない歌が、突如として流行するということが、昭和の時代にはしばしば起こった。訳が分からないのに忘れられない、妙に印象に残ってし…

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細野晴臣の「ろっかばいまいべいびい」は初めから懐かしいスタンダードのようだった

1973年5月25日に発売された細野晴臣のファースト・ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』で、1曲目にアコースティック・ギターの弾き語りで収録されているの…

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伝説のグループと呼ばれたジャックスが歌と音楽に託した「悲しみ」

日本のロックの原点を築いたジャックスの早川義夫は、こんな言葉を残している。 歌は悲しいから歌うのだと思っている。寂しいから歌うのだ。人とは、違うから歌うのだ。何…

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これが21世紀の歌謡曲~サカナクションの「新宝島」から伝わってくる微妙なる衝撃

1954年の夏、春日八郎の「お富さん」が爆発的にヒットした時に、兵庫県の淡路島で受験勉強をしていた阿久悠は、こんなふうに歌が届いたことに驚いたと述べている。 こ…

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1940年に作られた「蘇州夜曲」が21世紀にまで受け継がれているのはなぜか?

「蘇州夜曲」は、1940年に作られた映画『支那の夜』の劇中歌として誕生した。 日中戦争の時代に中国人スターとして人気を博した李香蘭(日本人の山口淑子)と、日本を…

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父を亡くした少年の悲しみを「9月が終わったら、起こして」と歌ったグリーン・デイの代表曲

グリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングの父はジャズ・ミュージシャンだったが、音楽では暮らしが成り立たなくて、トラックのドライバーとして家族を養っていた…

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キャンディーズに提供した「やさしい悪魔」を直ちにセルフ・カヴァーした吉田拓郎

1977年4月21日に発売になったLP『キャンディーズ 1 1/2〜やさしい悪魔〜』の帯には、「拓郎、ビートルズからラン・スー・ミキまで 話題の特別企画」という…

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多彩なカヴァーによって世界のスタンダード曲になったヴァン・モリソンの「クレイジー・ラヴ」

ヴァン・モリソンの「クレイジー・ラヴ」は、1970年2月28日にリリースされたアルバム『ムーンダンス』の一曲として世に出た。 同じ年、この曲をデビュー・アルバム…

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日本のオリジナルR&B「グットナイト・ベイビー」と、ド演歌の二重唱「昭和枯れすすき」を作曲してヒットさせたむつひろしとは?

キングトーンズの「グットナイト・ベイビー」がアメリカで発売になり、全米R&B部門で48位にランクされたのは1969年のことだ。 基本的に黒人音楽しかラ…

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引退する山口百恵に提供された「Crazy Love」と、井上陽水がカヴァーしたポール・アンカの「クレイジーラブ」

山口百恵は人気絶頂だった1979年に自分の強い意志で引退を決意すると、芸能界には一切の未練を残さず、市井の生活者として静かに生きていく道を選んだ。 1980年1…

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