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「メンバーズ・オンリー」っていう歌を聴いたら誰だって泣くはずだ。ボビー・ブルー・ブランドがまた歌っている。

2024.06.22

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黒人の聴衆に向けた全国巡業、いわゆるチタリン・サーキットの帝王として君臨したシンガーにボビー・ブランド、またの名をボビー・ブルー・ブランドがいる。

ゴスペル、R&B、ジャンプ、バラード、ソウルなど、すべてにブルースが根付いている独特の歌唱は骨太でいながらも、どこか滑らかである。

若い頃からしばしばボビーに似ていると言われることがあったという忌野清志郎は、エッセイ集「瀕死の双六問屋」のなかで、ボビーの晩年の代表曲「メンバーズ・オンリー(Members only)」について、自らのブルースへの熱い思いとともにこう記していた。

とても大切なことなんだ。
君がブルースを忘れないように歌ってあげたいんだ。
俺のこの気持ちについて歌っているブルースを歌って君に聴いて欲しいのさ。
俺はいつも涙する。
「メンバーズ・オンリー」っていう歌を聴いたら誰だって泣くはずだ。



 メンバーズ・オンリー
 プライベートなパーティーさ
 入るのにお金なんかいらないよ
 小切手も持って来なくていい
 傷ついた心だけ持っておいで
 だって今夜はメンバーズ・オンリー

 女と別れたっていうあんた
 男と別れたっていうあんた
 あんたたちはたくさんの問題を抱えている
 人生を全部ひっくるめてね
 だからパーティーを開いてるんだ
 傷ついた心のためにね
 そう、今夜はメンバーズ・オンリー


ボビーはテネシー州ローズマークの小さな町で生まれ、そこでラジオから流れてくるスピリチュアル・ミュージックと、「グランド・オール・オープリー」のカントリー・ソングを聴いて育った。 子供の頃から綿畑で綿花を摘みとる仕事をしていたので、小学校は3年生までしか行けないで終わった。

しかし家族で1947年にメンフィスに引っ越したときから、彼は地域の教会で歌うゴスペル・グループに加わって歌うようになる。

そして1940年代後半からビール・ストリートで起こっていたブルースの盛り上がりに遭遇したことで、毎週水曜日にルーファス・トーマスが開催していたアマチュア・ショーに出場するようになっていったのだ。

そこから1950年に結成されたBBキング、ジュニア・パーカー、ロスコーゴードン、ジョニー・エースといったブルースマンとともに、ビール・ストリート・ブルース・ボーイズとして活動していく。

まもなくBBキングとジュニア・パーカーが脱退して名前が「ビール・ストリーターズ」となって、1952年にはデューク・レコードへ移籍する。



その少し前に、ボビーはチェス・レコードから、シングル3枚をリリースしてソロデビューしたがうまく行かなかった。彼の才能が開花するのは2年間の兵役というブランクを経た後のことで、1950年代後半からコンスタントにヒット曲を出して、第一線で長く活躍を続けていった。

やがて1985年にブルース/ソウル系インディー・レーベル「マラコ・レコード」に移籍すると、アルバム『メンバーズ・オンリー』をリリースする。これがビルボードのR&Bアルバム・チャートで45位にランクされて、その健在ぶりを示すことになった。

タイトル・ナンバーの「メンバーズ・オンリー」も最高54位ではあったが、シングルとして最後のチャート・インを果たした。

 ママに訊いておいで
 パパに訊いておいで
 赤かい、黄色かい
 黒かい、白かい
 パーティーを開いている
 悲しい孤独のためのすべて
 そう、今夜はメンバーズ・オンリー


ボビーは2013年6月23日、メンフィス郊外のテネシー州ジャーマンタウンにある自宅で、生涯現役のまま83歳の生涯を閉じた。


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