俺は今日、自分を傷つけた
まだ感覚があるか知るために
痛みに神経を集中すると
その痛みだけがリアルだった
古傷の上を
釘で何度もえぐり
すべてを消し去ろうとするのだが
俺はすべてを思い出してしまうのだ
ビデオの映像は老いたジョニー・キャッシュを映し出す。
歌い続けることだけが生きる意味となった日々。彼は病んでいる肺から搾り出すように、歌詞を声に乗せていく。よく響いたバリトンの歌声は聞こえない。擦り切れた古いレコードのように、自らの余生を傷つけるように、彼は歌うのである。
「ハート」のビデオは、テネシー州ヘンダーソンヴィルにあったジョニー・キャッシュの自宅で撮られている。監督は、U2、マイケル・ジャクソンの作品などを手がけてきたマーク・ロマネク。
ある日マークは、プロデューサーのリック・ルービンから録音されたばかりの「ハート」を聞かされる。ジョニー・キャッシュの大ファンだったマークはその瞬間「撮ろう。私に撮らせてくれ!」とリックに頼み込んだのである。
マークには何年か前、ジョニー・キャッシュのビデオ監督の話が舞い込んだことがあった。だがその時は、アントン・コービンに仕事を奪われていた。マーク・ロマネクは振り返る。
「リックが電話をしてきたのは火曜日のことだ。『ジョニー・キャッシュは土曜日には休暇でジャマイカへ向かう。撮るなら、急ぐんだ、今しかない』とね。私はいつも、準備に2週間はかけるようにしてる。だが、今回はジョニー・キャッシュだ」
マークは急いでカメラマンなどの時間を調整した。だがなかなか調整はつかない。「結局私たちは木曜日の夜間便でテネシーへ飛んだんだ」
金曜日の朝、ジョニー・キャッシュの自宅へ到着しても、マークにはまだ映像のコンセプトがまとまらなかった。とりあえず、リビングルームでギターを弾いているシーンを撮ることだけを決めると、キャッシュ家が「キャッシュ・ミュージアム」と呼んでいたスペースに足を運んだ。
そこには写真やフィルムやレコードなど、ジョニー・キャッシュの思い出が詰まっているはずだった。だが、「キャッシュ・ミュージアム」は少し前の洪水のせいで手がつけられない状態だった。
俺の有様はどうだい?
愛しい友よ
知り合いも結局は皆
どこかに去っていく
すべてを持ち去るがいい
この砂上の楼閣から
俺はお前を失望させ
俺はお前を傷つけるだけだ
そのまま撮るしかない、とマークは腹をくくった。そして何よりも、目の前には、どうにでも撮るがいい、といった表情のジョニー・キャッシュがいた。
「そして(奥さんの)ジューン・カーターが階段を降りてきた。彼女はとても複雑な表情をしていたのを覚えてる。愛情と、プライドと、そして心配が混ざり合ったような眼差しだった」
マークはビデオで、若き日のジョニーとジューン・カーターの映像を挟み込んだ。その映像は、マークが「キャッシュ・ミュージアム」から奇跡的に救い出したフィルムの中から編集されたものである。ジューン・カーターはその年の暮れ、息を引き取り、ジョニーの元を去っていくことになる。
「ハート」は、ナイン・インチ・ネイルズが1994年に発表し、初登場2位を記録したセカンド・アルバム「ザ・ダウンワード・スパイラル」に収めれていた曲だ。作者のトレント・レズナーは、ジョニー・キャッシュのカヴァー・バージョンを耳にした時の印象を次のように語っている。
「とても不思議な感じだよ。とても個人的な歌だからね。俺はあの曲をどこで書いたのか、何を考えてたのか覚えてる。何を感じてたかをね。何だかガールフレンドが他人にキスされたような気分さ」
だが、「ハート」のビデオ映像を見た瞬間、トレントの発言はすっかりトーンが変わることになる。
「素晴らしい芸術だよ。俺はジョニー・キャッシュに会う機会はなかったけど、こういう形で貢献できたことを嬉しく思ってる。何だか、会ったこともない人に暖かくハグされたような気分さ」
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