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デヴィッド・ボウイとミック・ロンソン〜グラムロック創成期を築いた黄金コンビの出会い

2025.04.29

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デヴィッド・ボウイがグラムロックに傾倒した70年代前半、その隣でGibsonレスポールをかき鳴らす金髪のギタリストがいた。“ロノ”という愛称で呼ばれていたその男の名はミック・ロンソン。

それまで数々のバンドを渡り歩いた後、1967年にザ・ラッツというバンドに参加する。そのバンドのメンバーの誘いで、ロノはデヴィッド・ボウイと運命の出会いを果たす。

1969年、ボウイは2ndアルバム『Space Oddity』を発表。同作は前年に公開された映画『2001年宇宙の旅』をモチーフにして創作された。アポロ11号の月面着陸に合わせてシングルカットされた「スペイス・オディティ」が全英チャート5位、全米チャート15位まで上がり、一躍人気ミュージシャンの仲間入りを果たすこととなる。

翌1970年1月、ボウイは自身が組んだばかりのバンド“ザ・ハイプ”のギタリストとして、ロノ(当時24歳)を迎え入れる。同じく24歳を迎えたばかりだったボウイは、ロノのギタープレイを初めて聴いた時のことをこう回想している。

「彼はウチのジェフ・ベックになるぞ!ただ者じゃない!上手いことまるめ込んで一緒にやることにしたんだ。化粧をすることに関して最初は伝えなかったよ(笑)」


二人はすぐに意気投合し、ロンドン南部に位置する緑豊かで閑静な街、ベッケンハムにあるアパートメント(ハドン・ホール)で暮らし始める。

そのアパートは以前からボウイと当時の恋人アンジーが住んでいた“特別な棲家”で、エドワード王朝時代の豪邸を作り変えたものだった。アンジーはその頃のことをこんな風に語っている。

「私と彼らで一緒になって女の子たちを捕まえてくるの。そして誰と誰が一番早くセックスまで持ち込めるか? ゲームのように競い合っていたの。みんなの見ている前でセックスをしたり、性別を超えた行為に及んだり、肉欲にまみれた毎日を繰り返していたわ」



そんな生活をしながらも、ボウイとロノは音楽プロデューサーのトニー・ヴィスコンティと共に、3rdアルバム『The Man Who Sold the World(世界を売った男)』の制作に取り掛かっていた。

密かにリハーサルを重ねてきたザ・ハイプは、いよいよその正体を現すこととなる。ロンドンのカムデンタウンにある大型のライブ会場ラウンドハウスで、派手にデビューライブを行ったのだ。

ボウイは、漫画のスーパーヒーローが着ているようなシルバーの衣装に身を包んで登場した。それはまだロンドンでもグラムファッションが定着していない時代の出来事だった。


彼らはライブの回数を重ねていきながら、だんだんと派手な化粧をするようになる。もちろん発案者はボウイだった。

「ロノも含めてメンバーみんなステージの上で血色が悪そうだった。メイクをすればもっと自然な顔色になると思ったんだ」


中性的な化粧をしたメンバーたちがステージを降りると、楽屋口には溢れんばかりの女性ファンがつめかけてきたという。そんな中、1971年に入ってすぐにザ・ハイプは解散。

4thアルバム『Hunky Dory』の次に、自身を”宇宙からやってきたロックスター”に見立てた5thアルバム『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars(ジギー・スターダスト)』を制作。

ボウイはロノのギターサウンドを軸にした新バンド、“スパイダース・フロム・マース”を引き連れ一時代を築いていく。

ギタリスト、アレンジャーとして才能を発揮し、ライヴでも華のあるパフォーマンスでファンを魅了し続けた男。稀代のアーティスト、デヴィッド・ボウイの黄金期を支えたのは、紛れもなくミック・ロンソンだった。


<引用元・参考文献『デヴィッド・ボウイ 気高きアーティストの軌跡』ウェンディ・リー(著)江上泉(翻訳)/ヤマハミュージックメディア>


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