U2のボノが27歳の誕生日を迎えてから1か月が過ぎた、1987年6月のことだった。
3月に発表された新作『ヨシュア・トゥリー(The Joshua Tree)』は、U2にとって5枚目のアルバムだったが、ターニングポイントとなった記念碑的な作品である。
サウンド面やメッセージ性において著しい成長を遂げたことによって、アルバムは発表と同時に各方面から絶賛されていた。
しかし「ヨシュア・トゥリー・ツアー」のためにロンドン市内のホテルに滞在していたボノは、ライブ本番を翌日に控えた不安と緊張からか、眠れない夜を過ごすことになった。
気分転換にと手元にあったデビット・リンチの映画『ブルー・ベルベット』のサントラ盤をかけてみたが、眠りはなかなか訪れず時間だけが過ぎていく。
そのうちに収録されていた1曲が、どういうわけか頭から離れなくなってしまったという。
映画の中で効果的に使われていた「イン・ドリームス(In Dreams)」は、ロイ・オービソンが1963年に放った全米7位のヒット曲だ。
夢のなかで 君と歩く
夢のなかで 君と話す
夢のなかで 君は僕のもの
いつでも一緒さ 夢のなかでは
だけど夜明け前 目が醒めると
君はどこにもいない
翌日の朝に目醒めるたボノの耳の中では、不思議なことに知らない曲が鳴っていた。
その後、ライブ会場に行って本番前のサウンドチェックをしているとき、ボノはその曲の一部をメンバーの前で歌ってみせた。
「なあ、この曲ロイ・オービソンっぽくないか?」
「ああ、確かにオービソンっぽいな」
その夜、本番が終了して楽屋に戻ると、スタッフがボノにこう言った。
「ロイ・オービソンの奥さんと名乗る方が、あなたにお会いしたいそうですが…」
その言葉を聞いて、ボノはあまりの偶然に驚かずにいられなかった。
だが、さらに吃驚させられたのは奥さんと一緒に、ロイ・オービソン本人が現れたことだった。
U2ファンの夫人に連れられてライブに来ていたオービソンは、1955年にロックンロールが爆発した年にアメリカでデビューしていたので、そのときは51歳になっていた。
ボノに向かって、オービソンがこう言った。
「もしよければ1曲、ぼくに書いてくれないか?」
やがて「She’s a Mystery to Me」と名付けられて、オービソンに送られた歌はボノの夢のなかから生まれた曲だった。
オービソンは1988年に第一線にカムバックしたが、同年12月6日に心筋梗塞で52年の生涯を閉じた。
「She’s a Mystery to Me」を収録したアルバム『Mystery Girl』は、1989年に発表されて遺作になると同時に、最大のヒット作となった。
(注)本コラムは2013年に、TAP the STORY「ある夜、夢のなかで聴こえていた曲」として公開されたものの改訂版です。