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グレン・グールド〜伝説のピアニストをめぐる7つの美学

2023.10.03

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死後40年経っても愛され続けるグレン・グールド(Glenn Gould)


どんな形であれ音楽家を自認するなら、独創性がなければならない。オリジナリティが前提だ。
音楽は僕を世俗から守ってくれる。現代の芸術家に与えられた唯一の特権は、世俗から距離をおけることだ。


❶グレン・グールドは“北”の人だった。
1932年9月25日、カナダのトロントで生まれたグールドは、世界的な有名人になっても北の地を愛した。都会での華やかなパーティよりも、静かな自宅に帰ることを選んだ。顔見知りとつるむことよりも、数少ない友人たちとのひとときを優先した。同じ芸術家と交流はせず、生涯独身だった。神秘的な存在でいたいという夢を見ることもあった。

❷グレン・グールドは“信念”の人だった。
王立音楽院でピアノを学んだ。14歳でデビューリサイタルの機会を掴み、トロント交響楽団と共演してベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾いた。1955年、22歳の時にレコードデビュー。契約したNYのコロンビア側は楽曲を指定してきたが、グールドは頑に自分の弾きたい曲を押し通した。

彼は音楽制作の主導権を巡る争いに最初から勝利した。敬愛するJ.S.バッハの『ゴールドベルク変奏曲』はベストセラーになり、演奏家の名が広く知られることになった。

❸グレン・グールドは“解釈”の人だった。
既存のレコードと同じ演奏をすること、楽譜通りに精密機械のように演奏することに対し、意味がないと拒絶した。グールドは作品と作曲家の内面に侵入し、自らのピアノ演奏を通じて作品を完全に乗っ取った。テンポを変えるということは、作品に新しい視点を取り込むことであり、彼自身の世界で育んできた音楽への愛に他ならなかった。

❹グレン・グールドには“話題”が尽きなかった。
真夏でもコートに帽子にマフラーといった服装。ピアノを弾きながらハミングすることにも注目された。実はこれは計算されたパフォーマンスではなく、幼い頃に母親と一緒に歌いながら演奏していたための純粋な癖だった。

座面が床から30センチという、異常に低い作りの椅子に座って猫背で弾くことには面白いエピソードがある。普通の椅子では弾くことができなかったグールドは、自前の椅子が手に入るまでは、コンサートの度に会場側の椅子を買い取り、父親がその場で脚を30センチになるように切り落としていた。

❺グレン・グールドは“コンサート”が嫌いだった。
休みの次の日に学校へ行くことがこの世の終わりの気分だったからと、コンサートのキャンセルをよくやった。しかし決定的だったのは、1962年にスター指揮者のレナード・バーンスタインとカーネギー・ホールで共演した時だろう。

ブラームスのピアノ協奏曲のテンポの解釈を巡って二人の天才がぶつかり合った。結果的にバーンスタインがグールドに合わせる形となったが(彼はここでも主導権争いに勝利した)、公演前にバーンスタインは皮肉とジョークを利かせてこの経緯を聴衆に長々と説明した。

こんなこともあってか、1964年4月10日を最後にグールドはコンサート活動を一切やめてしまった。まだ31歳だった。その後どんなに大金を提示されても、首を縦に振ることはなかった。

❻グレン・グールドにとって生きることは“試練”だった。
レコード制作をはじめ、ラジオやテレビの番組制作に専念するようになったグールドはキャリアの充実期を迎える。人妻コーネリアとの密かな愛、音楽と家庭との両立に対する葛藤、それが人生の試練となって悲しい終わりを告げることにもなっていく。

そして孤独な薬漬けの日々や病気との闘い。50歳からは違う人生を生きたい、あるいは50歳なるまでには死ぬだろうと言っていたグールド。1982年10月4日に脳卒中で死去。享年50。

❼グレン・グールドは心から“音楽”を愛していた。
異端、革命、天才、孤高……彼を形容する言葉は数知れない。しかし、死後30年以上経っても“そこにいるかのような親しみ”を持って人々に語り継がれる演奏家は果たしているだろうか? 生前は世界中から届く膨大なファンレターにもきちんと返事を書いていたという。グールドは魅力的なピアニストであると同時に、音楽を愛する人々の気持ちを大切にできる人だった。


グールドの魅力を知るにはバッハの『ゴールドベルク変奏曲』は外せない。衝撃的だった1955年のデビュー盤と晩年に再録音した1981年盤。

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『ゴールドベルク変奏曲』55年モノラル盤


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『ゴールドベルク変奏曲』81年デジタル録音


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参考・引用/『グレン・グールド〜天才ピアニストの愛と孤独』




*このコラムは2014年10月4日に公開されたものを更新しました。

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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