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誰も知らない〜アメリカの禁酒法時代を背景に書かれた“落ちぶれた男の唄”

2018.04.01

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かつては大金持ちの暮らしをしてたもんさ
アリ金をぜんぶ使い切っても気にしなかった
友達を大勢引き連れドンチャン騒ぎ
密造酒にシャンパン、ワイン、何でもありだった

ところが人生下り坂…
友達は消え去り 頼れるあても場所もないどん底生活
いつかもう一度1ドルだけでもこの手にしたなら
俺はイーグル(金貨)がニヤリと笑うまで握りしめるぜ

誰も知らない…お前のことなんか憶えちゃいないさ
ポケットの中には一銭もない
すっからかんになったら友達もみんな離れていくもんさ
もしもまた金を手に入れてあの頃のように戻ったら
誰もが「昔の仲間よ!」って近づいてくるはず
ホントおかしい話だろ…でもホントだぜ

誰も知らない…お前のことなんか憶えちゃいないさ 
誰一人な!誰も憶えちゃないぜ!
人間、落ちぶれた果てたときには独りぼっちってことよ…
人間、落ちぶれた果てたときこそが肝心ってことさ!


この「誰も知らない(Nobody Knows You When You’re Down and Out)」は、ブルースのスタンダードナンバーとして長く愛されてきた名曲だ。
アメリカに禁酒法が布かれていた1923年、ヴォードヴィル(軽演劇)俳優だったジミー・コックスが書いた曲である。
この曲の歌詞に出てくるウイスキーやシャンパンやワインは当時の“もぐり酒場”で呑まれていたものだ。
そんな時代に彼がヴォードヴィルの舞台を通じて少しずつ広めていったこの曲は、1927年にボビー・ベイカーによって初めてレコード化され、その後1929年にベッシー・スミスが歌ったものが好セールスを記録するまでとなった。
歌詞を要約すれば“落ち目になったとたんにどいつもこいつも知らんぷり”もっと言うならば“金の切れ目が縁の切れ目”といった感じである。
約100年前に生まれた歌だが、その教訓は現代(いま)を生きる我々も肝に銘じておきたいものだ。
成功していた時は誰もが友達ぶって近寄ってくるが…失敗して文無しになったとたん誰もいなくなる。
昔も今も変わらず…収入や肩書きだけで人の価値を判断する人間がたくさんいるってこと。
そんな世知辛い“世の常”を唄ったこの曲は、ブルースマンのみならず多くのミュージシャンに歌い継がれることとなる。
ニーナ・シモンのようなジャズ畑の人、サム・クックやオーティス・レディングのようなゴスペル・R&B畑の人、デレク・アンド・ザ・ドミノス(エリック・クラプトン)やクラプトンの友人でもあったオールマン・ブラザーズ・バンドのギタリスト、デュアン・オールマン、そしてジャニス・ジョプリンやロッド・スチュワートなど白人ロック系のミュージシャンなどなど。
そして日本が誇るブルースバンド、憂歌団の「ドツボ節」やYAMAZEN&THE BLUES FELLOWS feat.TAD MIURAの「ツイてる男の唄」へと繋がってゆく。









1960年代から70年代、日本では戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代の若者たちによる新しい若者文化が台頭する。
若者達は「新しい音楽」「新しいファッション」「新しい生き方」を模索していた。
そんな70年代が幕を降ろそうとしていたある日、当時『愛のコリーダ』(1976年/大島渚監督作品)のヒット後に一躍注目を集めていた俳優の藤竜也がトム・ウェイツのアルバムにインスピレーションを受けて“ヨコハマ”を舞台に一編の歌詞を綴った。
出来上がったばかりの歌詞を渡されのが、彼の高校の後輩でもあったゴールデン・カップスのエディ藩だった。
エディは数日も経たないうちに野毛(横浜市の下町)の立ち呑み屋で競馬中継を見ながら曲をつけたという。
そんな“いかにも”な逸話が残っているこの「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」を聴けば、そのルーツが100年前に作られた“落ちぶれた男の唄”であることがわかるはずだ。







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