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映画「パピヨン」の撮影現場で、ダスティン・ホフマンがポールに手渡した雑誌記事

2016.07.28

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私のために飲んでくれ
私の健康のために
もう私には酒は飲めそうにないのさ

 1973年。
 ジャマイカのモンテゴ・ベイでは、映画「パピヨン」の撮影が行われていた。無実の罪で終身刑となった胸に蝶の刺青をした男が脱獄を成功させる物語は、スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンというスターの共演が話題になった。そして、休暇でこの地を訪れていたのが、ポール・マッカートニーである。

 アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』、シングル「マイ・ラヴ」の大ヒットで世界の音楽チャートに返り咲いたポールは、ビートルズ解散後、初めて確かな手ごたえを感じていたのだろう。ダスティン・ホフマンとの食事の席で「どんな題材だって歌になりうる」というような軽口をたたいたらしいのである。

 そこでホフマンは一冊の雑誌を取り上げ、ページをめくった。そこには、1973年4月8日に永眠した天才画家パブロ・ピカソの記事が載っていた。そして、その記事は「私のために飲んでくれ。私の健康のために。もう私には酒は飲めそうにないのさ」というのがピカソが最後に語った言葉だと書かれていたのである。

「この記事、歌にできるかい?」
 ダスティン・ホフマンはポールに雑誌のページを切り取り、手渡した。するとポールは、ギターを手に取り、歌い出したというのである。


偉大なる老画家が昨晩死んだ
自身の絵画が飾られた壁越しに
彼はこんな言葉を残して
おやすみを告げたのだ

 ダスティン・ホフマンは妻と顔を見合わせた。


 私のために飲んでくれ
 私の健康のために
 もう私には酒は飲めそうにないのさ



 この曲は「ピカソの遺言」として次作『バンド・オン・ザ・ラン』に収録されることになる。「バンド・オン・ザ・ラン」は、『レッド・ローズ・スピードウェイ』以上のヒット作となるわけだが、このアルバム・ジャケットを手がけたのが、前コラムで紹介したデザイン集団ヒプノシスである。

 撮影は、1973年10月28日。場所は、ロバード・アダムが建築した新古典様式のオスタリー・パークの敷地内。ここでポールとウイングスのメンバーは囚人服を着て、今まさに脱獄をしようとしているという設定である。


四方を壁に囲まれ
永遠の収監生活
もう誰にも会えない
ママ、そう、あなたにも

band_on_the_run

『バンド・オン・ザ・ラン』は、映画「パピヨン」を連想させる歌詞から始まる。
 ポールはダスティン・ホフマンと食事をしながら、「ピカソの遺言」という曲だけでなく、『バンド・オン・ザ・ラン』というアルバム自体の構想を膨らませてしまったのである。



Wings『Band on the Run』
MPL Communicatons

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