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エイミー・ワインハウス〜普通の女の子が歌姫となって27歳でこの世を去るまで

2017.07.22

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6年前の2011年7月23日、この世を去った孤高の歌姫エイミー・ワインハウス。ドキュメンタリー映画『AMY エイミー』(2015/AMY)では、音楽と愛にひたむきに生きた彼女の27年の短い生涯が、本人が映った貴重なフィルムに加え、家族や親しい友人、元恋人たちや仕事仲間のインタビューとともに綴られている。

エイミーと同郷の監督アシフ・カパディアは、「私にとってエイミーは道の向こう側に住んでる一人の女の子のような存在だった。だからこそ彼女の本当の物語を調べなければ」と思った。最初は親しい幼馴染みや元恋人たちからは警戒されてなかなか協力を得られなかったが、次第にエイミーを助けられなかったという心の重荷を解放するかのように人々は語り始めた。プライベートな映像は彼らからの提供で、そこには「メディア報道の破天荒なイメージとは程遠い普通の女の子」が映っていることが分かる。

私が10代の頃、世間で流行っていた音楽というか、発表されていた音楽は本物じゃないと感じてた。薄っぺらでくだらなくて。


1983年9月14日。労働者階級の両親のもとに生まれたエイミーは、ロンドン北部で昔のジャズ・ヴォーカルを聴きながら育つ(中でもトニー・ベネットがお気に入りだったそうだ)。しかし、9歳の頃に音楽を教えてくれた父親が別の女性を作って別居状態に。エイミーの心に深く影響を落とす。以来、学校の勉強に興味をなくして将来性があるとはいえない状況だったが、彼女には歌があった。独特の声があった。ジャズ以外にも、ニューソウルやヒップホップやカリブ音楽などを思春期に吸収していった。

エイミーは10代でレコード契約して、20歳になったばかりでデビューアルバム『Frank』をリリース。「彼女の歌を聴いた瞬間、本物だと思った。まるで65歳の熟練のジャズ歌手みたいな歌い方だ。18でこれじゃ25になった時どうなるんだと思った」(サラーム・レミ/プロデューサー)

私の音楽は一般受けしないから。売れたらいいと思う時もあるけど、私は有名にはなれないわ。もし有名になったら対処できなくて頭が変になる。


この頃、同じように子供の頃から心に傷を持つブレイク・フィールダーと恋に落ちるが、同時にアルコールへの依存も高まっていく。さらに最愛の祖母が亡くなり、大きなショックを受ける。2006年、セカンド・アルバム『Back to Black』をリリース。シングル「Rehab」も大ヒットして賞レースも活発化。ビーハイヴヘアとキャッツアイメイクのエイミーにはメディア露出と注目が倍増する。「彼女はスターになって天狗になるどころか戸惑っていた。不安と恐怖でいっぱいだったんだ。自分を取り巻く状況にどうしたらいいの?と言ってたよ」(ヤシーン・ベイ)

ブレイクと結婚するも、それはドラッグに深くのめり込んでいく最悪の生活の始まりでもあった。相次ぐツアーキャンセルの後、夫ブレイクは逮捕。エイミーはリハビリ施設へ入所。タブロイド紙のパパラッチのフラッシュの餌食にされる日々の中、破天荒なイメージに覆われてしまう。

私を知れば世間は理解するはず。私は音楽しか能のない人間だって。だから放っておいて。音楽をするから。音楽をする時間が必要なの。


2008年2月。グラミー賞授賞式。ドラッグ問題でアメリカ入国できなかったエイミーは、ロンドンのスタジオから衛星中継で参加。ビヨンセ、ジェイ・Z、ジャスティン・ティンバーレイクら強力な候補者を抑えて、シングル・オブ・ジ・イヤーなど5部門を獲得。受賞の瞬間は感動的だった(以下、映像あり)。

レコード会社の成功は私の成功じゃない。私の成功は仕事する自由を持つこと。


その後、次のアルバム制作に専念するために活動を休止。友人たちに囲まれて島国セントルシアで半年間生活。ブレイクと離婚。映画には曲を書くことによって心の葛藤や苦しみを乗り越えようとするエイミーの姿がある。「僕にとっては魔法のような時間で、彼女も意欲的に仕事した。だから噂が理解できなかった。なぜ優柔不断な問題児と言われるのか」(マーク・ロンソン/プロデューサー)

2011年3月。憧れのジャズ歌手トニー・ベネットとスタンダード・ナンバー「Body and Soul」をデュエット。素晴らしい歌唱を録音する。6月、本格的復帰を目指してツアーを開始するも、酔っ払ってステージに現れてまともに歌えずブーイングの嵐。アルコールへの依存は断ち切れていなかった。

そして7月23日。心臓発作により自宅で亡くなっているのが発見される。享年27。12月に遺作『Lioness:Hidden Treasures』がリリースされて全英1位に。「彼女は紛れもない本物のジャズ歌手だ。エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデイに匹敵する素晴らしい才能だった。彼女が生きていたら言いたい。生き急ぐな。生き方は人生から学べると」(トニー・ベネット)

歌は大切な存在だけど、歌手になるとは思わなかった。歌いたい時に歌えるだけでラッキーだったから。まさか仕事にするなんてね。


エイミー・ワインハウス 1983.9.14-2011.7.23
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予告編

映画『AMY エイミー』オフィシャルサイト

感動的だったグラミー賞受賞の瞬間

エイミーの音楽には、ジャズ、R&B、ソウル、ジャマイカ、カリブ、ガールポップなど様々な要素が培われていた

憧れのトニー・ベネットとのデュエット。エイミーは身も心もジャズシンガーだった

*日本公開時チラシ
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*参考・引用/『AMY エイミー』パンフレット

*このコラムは2016年7月23日に公開されました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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