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T2 トレインスポッティング〜“どうしようもない奴ら”が未来を選んで大人になるということ

2024.01.14

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『T2 トレインスポッティング』(T2 Trainspotting/2017)


前作は若さの祝福だった。本作は大人になるということ。またいかに僕たちはそれに対処するのが下手か、についての映画だ。そして子供がいるということ、いないこと。もしくは父親たちに失望させられる子供たちの物語だ。


日本でも2017年4月8日に劇場公開された『T2 トレインスポッティング』は、ある世代のための映画のように思える。それは20代の多くを1990年代に過ごし、30代をゼロ年代、そして10年代は40代として生きている世代。

1993年に出版されたアーヴィン・ウェルシュの小説『トレインスポッティング』がダニー・ボイル監督によって映画化されたのは1996年。当時のイギリスはブリット・ポップやクラブ・カルチャーの全盛期。この映画も大ヒットした。

日本(とりわけ東京)では渋谷のミニシアターの記録を塗り替え、渋谷系な人々を中心にファッションやストリートカルチャーにも多大な影響を与えた。何よりも『トレインスポッティング』に登場する“どうしようもない奴ら”の言動が、バブル崩壊後の不景気感、オウム事件などが漂わせる世紀末感に覆われた東京の風景ともどこかシンクロしていた。元気だったのはコギャルの女子高生くらいだ。

『T2 トレインスポッティング』(T2 Trainspotting/2017)は、前作から20年後の“どうしようもない奴ら”の姿を描いた続編。イギリスでは1月に公開され、相変わらずチャンスと裏切りに振り回される登場人物たちに絶賛の嵐。舞台はスコットランドのエディンパラ。20代半ばだった彼らは、40代半ばになって“再会”。

レントン(ユアン・マクレガー)
20年前、4人で手に入れた大金を持ち逃げしてオランダのアムステルダムに渡った。ドラッグと縁を切り、ジムで汗を流すような人間に変わっていたと思いきや、急性肝不全を患い、結婚生活や仕事も破綻。自分を取り戻すために、過去の件を清算しようと、故郷エディンバラへと戻って来る。

シック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)
母親から継いだ潰れかけのパブを経営する裏で、金欲しさにパートナーのヴェロニカと組んで、金持ち相手に売春現場の恐喝を繰り返す日々。ビジネスを拡大するため、アダルトサウナへの進出を見計らっている。レントンとの腐れ縁でそれが現実に動き始める。

スパッド(ユエン・ブレムナー)
相変わらずジャンキー。妻子とは別居中。自殺を試みている最中に、訪ねてきたレントンに救われる。禁断症状に苦しみながらも、ヴェロニカのアドバイスのおかげで小説執筆という才能を開花させていく。

ベグビー(ロバート・カーライル)
3人が一番恐れている兄貴分。気性の荒さで20年前に殺人を犯して刑務所に服役中。のはずが、持ち前のズル賢さで脱走。経営学を学ぶ大学生の真面目な息子に、自分の犯罪に無理やり同行させる。バイアグラに頼らざるを得ない下半身。レントンが戻ってきたのを知って、復讐に燃える。

どうしようもない男どもに対し、女たちはしっかりしている。中学生だったオマセな少女ダイアン(ケリー・マクドナルド)は弁護士として登場。ブルガリアから“出稼ぎ”に来ている美女ヴェロニカ(アンジェラ・ネディヤコバ)は、物語に重要な役割を果たす。

また、前作の回想シーンが効果的に使われ、音楽の力も強い。映画の二大テーマ曲であるアンダーワールドの「ボーン・スリッピー」とイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」は、新バージョンやリミックスで流れる。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「リラックス」、ブロンディの「ドリーミン」、クイーンの「レディオ・ガ・ガ」、ザ・クラッシュの「ハマースミス宮殿の白人」あたりの懐かしい選曲も映像とマッチしていて印象的だ。

『トレインスポッティング』に強い愛着を感じる人々がいるが、それは音楽に根ざしている部分が大きいと思う。音を聞くだけで思い出すんだ。音楽はこうした感覚と繋がってるし、記憶と結びつくことで特別な高揚感も生まれる。


思えばこの20年、僕たちはいろんな変化をこの目で見つめてきた。受け入れながら、抵抗しながら、疑問に思いながら、スルーしながら、そうやって年を重ねてきた。何人も変わった首相。奪い取られる税金。信じられない事件の数々。決定的になった経済格差や高齢化社会。凄まじいスピードで浸透したIT革命とネットカルチャー。背が伸びるだけの街の開発。消費された膨大なヒット商品。誰かが仕掛けたファッションや流行語。それからたくさんの音楽と映画とアニメとTV番組。そして亡くなった人々……。

レントンがヴェロニカに語った言葉がそれを見事に代弁している。

選べ。ブランド物の下着を。虚しくも愛の復活を願って。
バッグを選べ。ハイヒールを選べ。
カシミヤを選んで、ニセの幸せを感じろ。
過労死の女が作ったスマホを選び、
劣悪な工場で作られた上着に突っ込め。

フェイスブックやツイッター、インスタグラムを選び、
赤の他人に胆汁を吐き散らせ。
プロフ更新を選び、“誰か見て”と、
朝メシの中身を世界中に教えろ。
昔の恋人を検索し、自分の方が若いと信じ込め。
初オナニーから死まで、全部投稿しろ。

人の交流は、今や単なるデータ。
世界のニュースより、セレブの整形情報。
異論を排斥。
レイプを嘲笑。リベンジポルノ。
絶えぬ女性蔑視。

9.11はデマ。事実ならユダヤ人のせい。
非正規雇用と長時間通勤。
労働条件は悪化の一途。
子供を産んで後悔しろ。
あげくの果て、誰かの部屋で精製された、
粗悪なヤクで苦痛を紛らわせろ。

約束を果たさず、人生を後悔しろ。
過ちから学ぶな。
過去の繰り返しをただ眺め、
手にしたもので妥協しろ。
願ったものは高望み。
不遇でも虚勢を張れ。
失意を選べ。愛する者を失え。

……彼らと共に自分の心も死ぬ。
ある日気づくと、
少しずつ死んでた心は、空っぽの抜け殻になってる。
未来を選べ。



予告編








*日本公開時チラシ

*ダニー・ボイルのコメント、レントンの台詞はパンフレットより引用しました。
*このコラムは2017年4月に公開されたものを更新しました。

*東京の1997〜2017年の流れについては、東京ポップカルチャー研究家/都市生活コラムニスト・中野充浩によるこちらのコラムに詳細。(note/外部サイト)

東京“パリピ”30年史②〜ジュリアナ伝説・女子高生/コギャルの時代(1991-2000)

東京“パリピ”30年史③〜ネット革命と起業家・SNSと女子の時代(2001-2016)

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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