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天国の日々〜その余りにも美しい映像で伝説化したテレンス・マリック監督作

2017.10.25

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映画監督の中には、技巧よりも映像美を優先する人がたちがいる。その筆頭格と言えば、テレンス・マリック監督の名を挙げる人は多い。ハリウッド・システムとは距離を置きながら、良質なアメリカ映画を撮り続ける彼は、寡作家としても知られている。近年でこそコンスタントに作品を立て続けに発表しているが、80〜90年代は1作品しか残しておらず、行方不明扱いさえされたほど。

そんなマリック監督の代表作『天国の日々』(Days of Heaven/1978)は、今でも世界中の映画ファンを魅了する名作。アメリカ映画なのにどこかヨーロッパ的な趣を感じるのは、撮影監督にフランソワ・トリフォーやエリック・ロメールらフランス映画の監督たちとの仕事で知られるスペイン人、ネストール・アルメンドロスを起用したことも一因だろう。しかも音楽を担当したのは、イタリア人の巨匠エンニオ・モリコーネだ。

タイトルは旧約聖書から取られた。語り手となるのは一人の少女。この手法は1974年のデビュー作『バッドランズ』(地獄の逃避行)の踏襲で、逃避行ものなのにどこかお伽噺のようなムードを漂わせる効果がある。『天国の日々』は男と女の物語であると同時に、少女リンダの物語でもあった。

映像第一主義者のマリック監督は、この作品で「マジックアワー」「マジックタイム」と呼ばれる撮影用語を広めることになった。これは太陽が地平線に沈んだ後もまだ20分ほど光が残る時間帯のこと。この時、撮影すると自然や人物が最も美しく劇的な状態で映像に収めることができるという。

それは黄金色の広大な麦畑をはじめ、季節の移り変わりや息づく動物たちの描写となって、アンドリュー・ワイエスやエドワード・ホッパーの絵画にも通じる奇跡的な風景を捉えることに成功。カナダのアルバータ地方(物語の設定上はテキサスのパンハンドル地方)でロケした映像詩人たちの仕事には、アカデミー撮影賞云々より一貫した揺るぎのない美学を感じる。

アメリカが第一次世界大戦に参戦する直前の1916年。少女リンダ(リンダ・マンズ)は兄のビル(リチャード・ギア)とその恋人アビー(ブルック・アダムス)の3人で放浪の毎日を共にしている。シカゴの鉄工場をいざこざで辞めたビルは、二人を連れてテキサス行きの蒸気機関車の屋根に飛び乗る。吐き出す煙を見つめているのは、同じようにアメリカに夢を求めてやって来た移民たちばかりだ。

しかし現実は違った。極貧の生活を余儀なくされ、いつか富を得るという夢はどこを探しても見当たらない。既得権はすでに自分たちの知らない世界に渡っていた。それでもビルは「世の中はきっと変わる」と信じ続ける。移民労働者たちはブルーズやアイルランド民謡で疲れた心を癒すしかなかった。

テキサスの麦畑でわずかな賃金で過酷な労働を始める3人。そんな日々に転機が訪れる。大地主で雇い主のチャック(サム・シェパード)がアビーに惚れたのだ。広大な土地に建つただ一軒の大邸宅は、富に恵まれながらも、身寄りもなく余命宣告された物静かな男の心象風景そのものだった。

仕事を得るための都合上、アビーを妹として申請していたビルだったが、この状況を利用する選択を取る。アビーは「兄と妹も一緒」であることを条件に、チャックの求婚を受け入れる。こうして新しい生活が始まった。一方でチャックの目を盗み、ビルとアビーは愛し合うことをやめなかった。

チャックの疑いに耐えられなくなったビルは一時的にテキサスを離れる。しかしアビーを愛していたビルはやがて舞い戻る。そんな時、イナゴの大群が麦畑を襲う。混乱の中、火の海と化す土地。チャックはビルに殺意を覚え実行しようとするが、逆にビルがナイフを胸に刺す。チャックは死んだ。それは3人の逃避行を意味していた……。

『天国の日々』は伝説化した。テレンス・マリックが復活するのはそれから20年後。1998年の『シン・レッド・ライン』まで待たなければならなかった。

予告編


『天国の日々』

『天国の日々』


*日本公開時チラシ

*参考/『天国の日々』パンフレット

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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