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中村八大と永六輔が初コンビを組んだ水原弘の「黒い花びら」がお蔵入りした事情

2018.06.10

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東京都練馬区にある少年鑑別所で代々歌い継がれてきた作者不詳の俗謡「ネリカンブルース」が、ロカビリーブームの渦中で作られた東宝映画『檻の中の野郎たち』の主題歌に決まったのは1959年の春だった。
歌ったのは新人ロカビリー歌手の守屋浩、メロディーを採譜してアレンジしたのは音楽監督の中村八大である。


映画と同じタイトルで発売することにしたレコード会社のコロムビアは、鑑別所で歌い継がれてきた歌詞では差し障りがあるので、映画の脚本を書いた関沢新一の手で穏便な内容に変えていた。

この動きに目をつけたビクターがまだ無名だった坂本九で、「野郎たちのブルース」という企画を立てた。
そんな2社に対抗した東芝レコードもまた、山下敬二郎でそのものずばり、「ネリカンブルース」をレコード化したのだ。

こうして3社による競作として発売されることになったのだが、1959年6月30日の毎日新聞の社会面で大きく取り上げられて、社会問題として注目を集めた。
青少年不良化防止キャンペーンを連載していた毎日新聞は、口から口へと歌い継がれる「練鑑ブルース」のことを、「日陰の歌」として紹介したばかりだった。

7月1日の社説でも毎日新聞は厳しい口調で、「発売をとりやめるようにすすめると当時に、商売のために、流行歌を邪道へそれさせているレコード会社に警告する」と糾弾した。

この機会にいいたいのは流行歌を作る人たちの、ものの考え方の浅さについてである。
ヤクザを否定すればヤクザを取り扱っても問題はない、というのがヤクザの歌をはやらせる口実になっているが、実際には、ヤクザを否定することで、感傷的気分をそそっているため、かえってヤクザを好ましいものに感じさせている。
ぐれた女性の感傷を主題にして、やはり同様な気分を、世間に与えている傾向もあるし、愚劣低級な歌の数々で、一般の娯楽に暗い影をつくりすぎていることを、反省してみてはどうだろう。
(毎日新聞1959年7月1日)


この報道をきっかけにし法務省までが口を挟んできたため、どこのレコード会社も発売中止の判断を下さざるを得なくなった。
そこであおりをくらったのが、中村八大の自信作だった「黒い花びら」である。

新人だった水原弘のデビュー曲「黒い花びら」は、同じプロダクションの山下敬二郎が歌う「ネリカン・ブルース」のB面で発売される予定になっていたのだ。


これを東宝映画『青春を賭けろ』の音楽監督として作った中村八大は、それまでの日本にはない新しい歌と音楽ができたと、作品には大いに自信を持っていた。
だがA面の発売中止騒ぎに巻き込まれてしまったことで、シングル盤がお蔵入りしてしまったのである。

そうした経緯に納得がいかなかった中村八大は発売元の東芝レコードに出向いて、制作と宣伝の責任者だった石坂範一郎に会って直訴した。
その結果、石坂の理解が得られたことから「黒い花びら」をA面にした水原弘のシングル盤が、わずかひと月後に発売されることになった。

東芝レコードの担当ディレクターやその同僚たちは、誰もが「変な歌だなあ」と口をそろえたという。
日本で最初の3連符のロッカバラードだった「黒い花びら」は、曲想からしてそれまでにない新しさがあったが、中村八大によるサウンドが斬新すぎてレコード業界のプロたちには理解できなかった。

しかし「黒い花びら」は発売された直後から若者たちの支持を集めて、すぐに人気に火がつきはじめた。
大学生だった村松友視は当時の印象を、このように述べていた。

ラジオから流れてきた「黒い花びら」を耳にしたとき、これはいったい誰の歌だろうと訝った。歌唱力、声質、曲想、歌詞のすべてが、新人の歌う曲のものとは思われず、かといって既存の歌手のこえではなかった。三連符をかさねたロッカバラードの曲、冒頭に鳴りひびく松本英彦のサックス、そして次に歌い出されるしわがれてドスのきいてしかも甘い低音……その感触は、あきらかにこれまでの日本の歌謡曲にないものだった。
(村松友視「黒い花びら」河出書房新社)


水原弘のハスキーな声と低音の魅力、それら支えるジャズメンたちの迫力ある演奏は、それまでの日本の歌謡曲にないものだった。
「黒い花びら」は大ヒットしたばかりか、その年に制定された第1回レコード大賞でも堂々のグランプリにも選ばれている。

永六輔水原弘中村八大

こうしてレコード会社が専属作家として抱える作曲家や作詞家からではなく、若くて瑞々しい感性を持った新しい才能が登場してヒットを出して、有無を云わせぬ実績によって将来性を認められたのは画期的な出来事であった。


(注)本コラムは2016年7月15日に初公開されました。

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