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痛快でスピーディなクレージーキャッツの”変な歌”④植木等の「ハイそれまでョ」

2024.03.27

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クレージーキャッツの3枚目のシングルは植木等の二枚目風キャラクターを活かして、ムード歌謡風のゆったりした歌い出しで始まる。
もともとジャズ・ギタリストで、ジャズ・ヴォーカルも学んだ本格派だから声がよく響く。

ところが伸びやかでつやのある美声によるラブソングは、途中でブレイクした途端に歌詞が急展開、曲調もガラリと変わってしまう。
そしてテンポも一気に早まり、ツイストのリズムに乗って最後のオチへとつき進んでいく。

クレージーキャッツの研究家であった大瀧詠一は「ハイそれまでョ」がステータスを築いたと評価し、サウンドとしても3分間のミュージカルとしても、クレージー・ソングにおける第1期の頂点だと語っている。

作曲と編曲を行った音楽家の萩原哲晶は大瀧との対話のなかで、この曲が生まれた経緯についてこう述べていた。

植木さんていうのは、もともとマトモな歌を勉強してきたんだから、多少はそういうのもやりたい。でも、それだけでは植木の存在理由がなんにもないので後で崩そう。ドカンと早くなったら面白い、というアイデアが彼のほうから出てきたわけです。
まあこう言うと申しわけないんですが、僕はそこであえて、当時のフランク永井のヒット曲、吉田正先生のメロディーをモデルにして書いてるわけ。とにかく最初は、一見それふうでいこうと。
で、突如変わるところは、当時としてはツイストしか考えられなかった。


こうして意表を突くアイデアによる快作(怪作?)、痛快でスピーディなコミックソングが誕生した。


映画のなかで歌われた一番の歌詞は「会社の金まで 使い込み」だった。
しかしレコードでは「退職金まで 前借りし」と、穏便なものに書き換えられている。
お金を払って自分の判断で観に来る映画は客に対してならば、犯罪となる「使い込み」でもいっこうにかまわないが、子供も含めて不特定多数の人が見聞きするテレビの場合は、過激な表現をさけようとの配慮がなされたのである。

女房に逃げられる内容の三番の歌詞でも、映画では「他の男と手に手をとって ハイ それまでよ」だった。
しかし明らかに不倫を匂わせるということから、レコードでは「ひとこと小言を言ったらば」に変更されている。

人気が沸騰して時代のヒーローに祭り上げられた植木等は、テレビと映画で大活躍して国民的な人気ものになっていった。だが、そうなってくると最初の設定だったアンチ・ヒーロー、ピカロ(悪漢)を貫くわけにはいかなくなってしまう。
まずは映画から「無責任男」の主人公に手が加えられて、真に無責任な自由人だったキャラクターから、根は善人のスーパーマンへと変身していった。



その点については「無責任男」の生みの親、最初に映画を企画してオリジナル脚本を書いた田波靖男が解説している。

それでよかったのだと思う。否定的な人間像をから肯定的な人間像に乗り換えなければ、大衆のヒーローとして、あんなに長続きはしなかったと思う。これは喜劇役者としての宿命なのだ。チャップリンだって売り出した無声映画の時代の役どころはピカロ、いわゆる悪漢である。渥美清の寅さんだって、初期のころはかなりの悪意を内蔵していた。喜劇ではないが、勝新太郎の座頭市も、最初のころはずいぶんハードなキャラクターだった。それが大衆の人気を博し愛されるにつれて、大衆が期待する善意の人間像に変貌してゆかざるを得ないのである。


しかし、善人のスーパーマンになる変わってしまう前の痛快極まりない自由人、悪漢の匂いをプンプン振りまいて暴れていた植木等と出会ったことで、その後の人生が決定づけられたという少年たちも多かった。

子供の頃に植木等の「無責任一代男」を聴いたことで、タモリはその歌を座右の銘とするようになったという。
ビートたけしも同じく植木等の歌で、人生観を変えられたと述べている。

大瀧詠一はクレージーキャッツのことなら何でも知ってるといっても過言でないマニアになっただけでなく、無責任ソングのノウハウを身につけて萩原哲晶の音楽を受け継げ、それを自らのナイアガラ・サウンドに活かしていった。

そしてクレージーソングの座付き作詞家だった青島幸男はそれから数年後、「無責任一代男」で書いた歌詞のフレーズ「こつこつやる奴ア ごくろうさん」と、国会議員から東京都知事になったのである。


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