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TAP the STORY

ボブ・ディラン〜TV出演で、ディランの意外な悩み

2015.07.25

1969年6月7日に始まったカントリーのアウトロー、ジョニー・キャッシュによるTV番組「ジョニー・キャッシュ・ショー」の第1回。
ゲストは28歳のボブ・ディランだった。

黒っぽい上下にグレーのシャツ、襟元から黒のアンダーシャツをのぞかせたラフな姿でディランは、前ぶれもなくいきなり「I Threw It All Away」を歌い始める。その姿はぎこちなく、笑み一つない。

押し黙って肩を並べ、次の「Girl from the North Country」(「北国の少女」)のイントロを弾き出す37歳のキャッシュもまた、ディラン以上に緊張しているように見える。「おめでとう」と「ああ、どうも」。唇は動いたが、言葉は交わしていない。

前年、グラミー賞でブレイクしたジョニー・キャッシュの実力だけが頼みだったが、全米ネットワーク、土曜日のゴールデン・タイムに、カントリー・シンガーをホストに起用したショーなど、テレビ局にとっても冒険と思われていた。当然、キャッシュにとっては歌手生命がかかっている。

向こうみずに見えて苦労を積んだキャッシュは、第1回目で奇跡的な視聴率を叩き出さねば後がないと分かっていた。そのためには、あの男しかいない。キャシュは心に決めていた。

最初その名を告げられたスタッフたちは仰天する。シンガー・ソングライターがテレビ番組に出ることなどなかったし、ましてボブ・ディランである。
しかも当時のディランは、1965年7月25日にニューポート・フォーク・フェスティバルでエレキ・ギターに持って登場して熱烈なフォーク・ミュージックのファンからブーイングを浴び、翌年7月にはバイク事故による怪我をきっかけにステージから姿を消していて、歌手としてむずかしい局面のただなかにいた。

問題のニューポート・フォーク・フェスティバルには、ジョニー・キャッシュも出演していた。このステージのあと、二人は<バイキング・モーター・イン>のジョーン・バエズの部屋で、バエズ、ジューン・カーター、ジャック・エリオットたちと共に過ごした。
そこでキャッシュは部屋の隅にディランを招きよせ、自分の愛機「マーチンD-15」を手渡したという。これは、カントリー・ミュージシャンの間では、最大限の敬意をあらわす伝統的な「儀式」だった。
ディランのステージ上の苦悩を目の当たりにしていたキャッシュにとって、彼を全米ネットワークの番組に最初のゲストとして迎えることは、その「変身」を肯定し、エールを送る立場を鮮明にしようとしたとも言われている。

最後の手段として、「出てくれなければ、この番組はおしまいだ」というキャッシュの言葉をそのまま伝えたスタッフに、ディランは電話で口ごもった。
「しかし、僕には正直なところ……」
ああ、これでおしまいと、天を仰いだスタッフにディランは言った。
「僕はテレビに着てゆくような服が一着もないのさ」
まるで笑い話のような実話である。



(このコラムは2014年3月22日に公開されたものです)

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