「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the NEWS

風〜はしだのりひこが紡いだ珠玉のメロディー

1969年1月、はしだのりひことシューベルツはデビューシングル「風」をリリースした。 フォークミュージックを基調としながらも、普遍的な歌詞の内容とキャッチーなメ…

TAP the SONG

フランスに生まれた反戦歌の「大統領殿」をフォークル時代から歌い継いできた加藤和彦

2002年にザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)の大ファンだったTHE ALFEEの坂崎幸之助を加えて、加藤和彦と北山修が新たなフォークルを結成したのはアル…

TAP the SONG

発売中止になったフォークルの「イムジン河」は国境を越え、時間を超えて日本人の歌になった

1967年のクリスマスにレコードが発売されたシングル盤の「帰って来たヨッパライ」が驚異的なヒットを記録し、京都のアマチュアだったザ・フォーク・クルセダーズは日本…

悲しくてやりきれない

TAP the SONG

「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ

ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」はシングル盤が発売される前日、東芝レコードの判断によって発売中止が決まった。 レコードは店頭に並ぶことなく回収されて、…

TAP the DAY

追悼・加藤和彦~1968年10月17日のフォークル解散コンサートと幻のアルバム『児雷也』

ザ・フォーク・クルセダーズが大阪フェスティバルホールでの公演と、日本テレビ系『11PM』に出演したのを最後に解散したのは、1968年10月17日のことだ。 彼ら…

TAP the SONG

1970年に北米をツアーで回った加藤和彦の体験から生まれた「あの素晴しい愛をもう一度」

1年間だけという約束でメジャー・デビューしたザ・フォーク・クルセダースは、約束通りデビューから1年後の1968年10月に解散した。 北山修は京都で医学生の生活に…

Extra便

東京から来たミュータント~きたやまおさむが出会った頃の加藤和彦

ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦が、当時は誰も思いつかなかったようなナンセンスでコミカルな歌「帰って来たヨッパライ」をつくったことによって、200万枚を軽く…

TAP the SONG

変な歌や訳がわからない歌の代表格、あがた森魚の「赤色エレジー」

どういうわけか”変な歌”や訳がわからない歌が、突如として流行するということが、昭和の時代にはしばしば起こった。 訳が分からないのに忘れられない、妙に印象に残って…

Extra便

追悼・水橋春夫~音楽面からジャックスを自然に輝かせていたポップス少年の感性

1960年代の後半に忽然とアルバム・デビューしたジャックスは、はっぴいえんどと並んで日本のロックを語るときに欠かせない存在である。 しかし68年のデビュー・アル…

TAP the SONG

ザ・フォーク・クルセダーズと加藤和彦に発見されて、新しい生命を吹き込まれた寺山修司の「戦争は知らない」

「戦争は知らない」は稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲である。 幼い頃に父を戦争で亡く…

TAP the SONG

ビートルズに飛びついた女の子たちの気持ちを知る北山修が書いた「花」の歌

ザ・フォーク・クルセダーズ解散後に医学の道に進んだ北山修は、1987年に「ビートルズ」という本を書き下ろしている。 そこでは日本人にとってのビートルズとはなんだ…

TAP the SONG

「帰って来たヨッパライ」と「コブのない駱駝」に託されていた北山修と加藤和彦からのメッセージ

加藤和彦が2009年10月に亡くなった後、きたやまおさむは「もう音楽をやめてしまおう」と思っていた時期があったという。 しかしザ・フォーク・クルセダーズの曲をレ…

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