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「汚れた街」で生きていくということ

2024.05.13

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1973年。「迷信」などを収録した『トーキング・ブック』を大成功させたスティーヴィー・ワンダーは、グラミー賞の最優秀アルバムを受賞することになる『インナーヴィジョンズ』を発表する。

「内なるビジョン」と題されたこのアルバムの中でも、強烈な社会描写で話題になったのが「汚れた街」(原題「Living for the City」)である。

1950年生まれのスティーヴィー・ワンダーの思春期、アメリカ南部にはまだ<ジム・クロウ法>が存在していた。主にブラック・アメリカンに対して、一般公共施設の利用を禁止制限した法律である。スティーヴィーは、この歌の主人公の生まれを南部、ミシシッピに設定した。

主人公の両親は、彼にありったけの愛情を注ぐ。愛する我が子が真っ直ぐに育つよう、街でしっかり生きていけるように育てる。この最後の部分の歌詞が「Living just enough, just enough for the city」である。

この「live for」が実に訳しづらい。だが、この街で暮らすブラック・アメリカンたちが、街の決めたルールに何とか自分たちを合わせてまで生きていこうとする姿が見てとれる。

主人公の父親は日に14時間働いている。母親はいくつも床磨きの仕事をかけもっている。もちろん、何とかその街で生きていくためである。

主人公には姉がいる。自慢の美人である。ミニ・スカートから伸びる脚は、長いではなく、丈夫だと主人公は言う。バスには乗せてもらえないため、学校までの長い道のりを歩いていくからである。

主人公はそんな環境から逃れるように、ニューヨークに向かう。ここからは歌ではなく、間奏をバックにした寸劇である。

ニューヨークに降り立ってすぐ、麻薬所持を疑われ、10年の禁固刑を言い渡される男の物語。このやり取りの中で、警官の台詞であろう「ニガー」という単語が問題となり、ラジオでは削除されたシーンである。

そして歌に戻るのだが、スティーヴィーの声はどんどんと緊張と怒りを帯びていくのである。

さて。
これはもちろん、人種問題をメインに扱った歌ではあるのだが、多くの白人ミュージシャンにも愛され、カバーされている。

何故なのだろうか。彼らは「人種差別反対」といういい子を演じようとしたのだろうか。いや、そうではない何かが、この歌にはあったのだろう。

それが、あの訳しづらい「living for」である。街は自分たちのためにあるのではない。街に合わせてこそ、生きることが認められるのだ。その思いは、万人共通のものだったのである。

人は街というシステムの奴隷なのかも知れない。若者たちは、スティーヴィーの叫びにそう感じていたのだろう。



Stevie Wonder『Innervisions』
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