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ブルースが「川」を舞台に描いたアメリカ社会の暗い影

2024.04.30

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俺は、谷間の出身だ


 1979年、ノー・ニュークス・コンサートに出演したブルース・スプリングスティーンは、見知らぬ曲を静かに歌い出した。それまでの熱いライブに酔いしれていた観客たちを一瞬にして別世界に誘う、魔法のようだった。

 ノー・ニュークス。核に対するNoである。

 1979年3月28日。ペンシルバニア州スリーマイル島の原子力発電所の事故を目の当たりにして、ミュージシャンたちが、核廃絶を訴えて企画したコンサートに、その歌はどこか不釣合いにも聞こえた。

 だが、静まり返った中、ブルースは次の歌詞を歌った。それは谷間がどんな場所か、という内容である。


そこじゃ小さい頃
親父がやってきたそのままを
繰り返すように育てられるのさ


 歌の主人公は高校でメリーと出会う。
 彼女はまだ17歳だった、というから、おそらく主人公のひとつ年下だったのだろう。
 そしてふたりは、車で「谷間」を抜け出すのだ。谷間を抜けると、そこには緑の草原が広がっていた。


俺たちはよく 川まで出かけていくと
川に飛び込んだ
ああ、よく川までドライヴに出かけたのさ


 そうブルースが歌った瞬間、観客たちはブルースが何故、この歌を歌っているかに気づくことになる。

 もちろん、ブルースは、このコンサートのために「ザ・リバー」を書いたわけではない。だが、「ザ・リバー」という川を舞台とした楽曲は、このコンサートに不思議と呼応していたのだ。

 事故を起こしたスリーマイル島の原発は、ペンシルバニア州を流れるサスクエハナ川に浮かぶ島に建てられていたからである。

 だが、歌は反原発ではなく、身近な問題にスポットライトをあてていく。主人公のガールフレンド、メリーの妊娠である。主人公は19歳の誕生日に労働組合の組合員証と結婚式に着る上着を手に入れることになる。


その晩、俺たちは川まで車を走らせ
ふたりして川に飛び込んだ
ああ、川までドライヴに出かけたのさ


 ブルースはそこまで歌うと、イントロでも吹いたハーモニカに唇を近づけた。そしてその音は、ふたりのすすり泣く声のように聞こえた。

 何故なら、ふたりには厳しい現実が待っていたからである。


俺は建築業の仕事を得た
ジョンスタウン・カンパニーだ
だが近頃じゃ、ほとんど仕事がない
景気のせいだ


 主人公とメリーは、谷間から逃げ出したはずだった。
 だが、逃げ切れてはいなかったのである。


今では、あれほど大切に思えたものが全部
どこかに消えてなくなっちまった
俺は覚えてないようなフリをし
メリーは無関心を装っている


 そんな主人公が思い出すのは、川へとドライヴに出かけた時のことである。まだ、夢を見ていられた幸福な日々。


でも、今ではそんな思い出が
幽霊のように俺の前に現れる
俺を呪うように現れる


 そして主人公はひとり、呟く。
 絶望の谷間にいる者の静かな叫び声である。


叶わないとしたら、夢とは嘘なのか
それとも、もっと悪いものなのか


 そして歌はまた、あの川へ向かうコーラスへと続いていく。だが、最後に、絶望的な現実が提示されることになる。


そんな思いが、俺を川へと向かわせる
その川はもう干上がっていると知りながら
その思いは、俺を川へと向かわせるのさ


 夢の象徴でもあった川は干上がっている。
 そしてそこでは原発事故すら起きていたのである。



ブルース・スプリングスティーン『ザ・リバー』
Sony

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