♪フィリーのチキンマンが爆死した♪
ブルース・スプリングスティーンが1982年に発表したアルバム、「ネブラスカ」に収録されている「アトランティック・シティ」は、そんな歌詞から始まる。この1行は、新聞の記事タイトルからとられたものだ。
1976年、貧困に喘いでいたニュージャージー州アトランティック・シティは、カジノ合法化を宣言した。その瞬間から、新たな利権を求めてマフィア、ギャングたちがしのぎを削り始めていた。
「フィリーのチキンマン」と呼ばれたのは、フィラデルフィアのギャング団のナンバー2、フィリップ・テスタのことだ。
このフィラデルフィア・ギャングは、シシリアン・マフィアの一味だった。彼は1981年、ダッシュボードに仕掛けられた爆弾により、車もろとも木っ端微塵となったわけである。
その頃のアトランティック・シティの状況を、ブルースは次のように歌っている。
♪厄介ごとは近頃じゃ、州外からやってくる
地検も安らぐ暇もないほどさ
遊歩道じゃまた一騒動起きそうだぜ
賭博委員会のやつらの首も皮一枚ってところだ ♪
アトランティック・シティで暮らす市民にとって、カジノ建設は希望などではなく、新たな厄介ごとだったことがわかる。そして主人公は、ガールフレンドとふたり、この街から逃げ出す計画を立てる。
♪俺にだって職はあったし、金を貯めようともしたさ
だが、残ったのは誠実な男には返し切れない債務だ
だから俺はセントラル・トラスト(中央信用金庫)から
ありったけの金を引き出し
コースト・シティ・バスの切符を2枚買ったのさ♪
主人公は、ガールフレンドとアトランティック・シティで待ち合わせる約束をする。
♪ああ、どんなものでも死んでいく
ベイビー、それは現実さ
だが、死んだものはいつの日か、復活するんだ
だから、化粧をして、髪もきれいにしとくんだぜ
今夜、アトランティック・シティで会おう♪
この歌が悲しいのは、主人公があてのない逃亡劇を企てたわけではないところだ。歌の最後で主人公は、ひとりの男と知り合ったことを彼女に明かす。そして彼に頼みごとをしてみよう、と考えている、と。
おそらく主人公は、逃げようとした厄介ごとの渦に、自ら飛び込んでいくことであろうことを、この歌の最後は暗示している。
日本政府も、カジノ法案を口にし始めている。お偉いさんの経済政策とやらは、「小手先」なことが多い。小手先で、なおかつ自らの利権を生んでくれること。それが彼らの経済政策であることは少なくない。
ブルース・スプリングスティーンは今でも好んでこの曲をステージで演奏し続けている。それはおそらくこの歌の歌詞が今も、リアルだからだろう。
*このコラムは2014年11月に公開されました。
『Nebraska』
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