レイ・デイヴィス。言わずと知れたイギリスを代表するロックバンド、キンクスのフロントマンである。1964年のデビュー以来、「You Really Got Me」「All Day and All of the Night」「Tired of Waiting for You」といった初期の“キンキーサウンド”によってヒットを連発していた彼らは、当時イギリスで活躍していた他のビートバンド同様、歌詞の内容よりもメロディーやノリの良さ(リズムアレンジ)に重きを置いていた。
「You」「Me」といった2つの単語を、ディストーションの効いた3コードに乗せながら、強烈なラブソングに仕上げることが特徴だった。そんなキンクスにとっての“最初の変化”は、「A Well Respected Man」という楽曲の発表から始まる。
1965年の11月に、アメリカのみでシングルカットされてヒットを記録したこの曲以降、レイは“トラジコメディー(悲喜劇)路線”と呼ばれるユニークなメロディーや歌詞を持った物語仕立ての楽曲創作に傾倒し始める。
アルバムでいうと『The Kink Kontroversy』(1965年)から『Something Else by The Kinks』(1967年)あたりまでがその時期で、当時のイギリス人の生活を題材とした“短編集”のような趣きが感じられる作風だった。
一般庶民のささやかな夢、希望、諦観といったものを歌詞に織り交ぜることによって、キンクスは“労働者階級の英雄”として人気を集めることとなる。
当時のイギリスにはまだ“階級”が色濃く残っていた。支持する政党、最終学歴、親の職業、さらには行きつけのパブにいたるまで、イギリス人には“二通りのライフスタイル”があったと言っても過言ではない。
とは言え、上流及び中流階級と労働者階級が日常的にいがみ合っているわけでもない。お互いの階級が自分の出生に誇りを持ち、共に君主であるところの女王陛下に忠義を持っているのだ。
そんな中、ザ・ジャム時代のポール・ウェラーなどは、労働者階級の若者の行き場のないフラストレーションを、保守党支持者=退屈な大人達に対してストレートにぶつけた。
一方、キンクス(レイ・デイヴィス)の場合は、シニカルな視点に立った上での“巧妙な言葉選び”をしながら、決して攻撃的にはならなかった。
しかし、聴きようによっては“その皮肉”は強烈だった。キンクスは1966年に「Sunny Afternoon」を発表した。それまで快適な暮らしを楽しんできた貴族階級の男が、重税に堪え兼ねて上流階級の象徴でもあるヨットを手放し、税務署からは金をふんだくられ、さらには女も愛想を尽して逃げていき、「俺に残ったものは、夏の午後のけだるい陽射しだけさ」と愚痴る内容である。
この曲の歌詞に出てくる“Big Fat Mama”とは、イギリスの労働者階級で古くから使われている“女王陛下”を指すスラングだ。近代貴族社会の最大の庇護者であった女王陛下が作り出した税制によって、曲の主人公は破滅に向かわされているのだ。考えてみれば、これ以上に皮肉なドラマはない。
税務署の男は有り金すべてを巻き上げると
俺をこの大邸宅に置き去りにした
こんなに天気のいい午後なのに
ぼんやりと過ごすより仕方がない
一滴残らず搾り取られたこの現実から
どうか俺を救い出してくれ
丸々と太ったあの女王様が
この俺を打ちのめそうとしている
また、キンクスと言えば、最高にロマンチックで美しい楽曲も忘れてはいけない。1967年に発表した「Waterloo Sunset」などは最たるものだろう。
ロンドン市中を流れるテムズ川のほとり、ウォータールー駅を降りたあたりが歌の舞台となっている。そこから見える夕陽の美しさに人間関係を重ね合わせながら、情感たっぷりに切々と歌詞が展開していく。主人公の“二人の恋人”のテリーとジュリーは、映画『Far from the Madding Crowd(遥か群衆を離れて)』(1967年)の主演俳優の名前がモチーフとなっているという。
また、同年に発表した「Autumn Almanac」は、レイが自身の故郷であるロンドン北部の町マズウェルヒルで暮らす住人に捧げた曲である。
「土曜日にサッカーを観て、休日にはブラックプール(アイリッシュ海に面するイギリス最大の保養地)に行って太陽の光を浴びる」という歌詞のフレーズから、当時の一般的な労働者階級のライフスタイルを知ることができる。
この歌に登場する「紅茶」「干し葡萄入りのバターロール」「ローストビーフ」といったものは、まさにイギリス家庭の代表的な食事である。「ブラックプール」という場所も、ちょっと“ひなびた感じのリゾート”として知られており、当時の労働者階級にはお手頃な人気スポットだった。
翌1968年以降のキンクスは、『The Kinks Are the Village Green Preservation Society』(1968年)、『Arthur (Or the Decline and Fall of the British Empire)/アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡』(1969年)、『Lola Versus Powerman and the Moneygoround, Part One/ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』(1970年)から、1975年発表の名盤『Schoolboys in Disgrace/不良少年のメロディー〜愛の鞭への傾向と対策』までの8年間、英国社会の変化を主題に演劇的なコンセプトアルバムを次々と発表した。
稀代の皮肉屋と呼ばれたレイ・デイヴィスの詩世界。それは労働者階級の日常、ロンドンの街や郊外の田園風景を切り取った美しい描写、そこに重ね合わせるロマンティシズム…そして永遠に忘れ去ることのない純情。
どこか現代の日本に暮らす我々の琴線に触れるようなところもあるから不思議だ。50年以上のキャリアを持つ英国ロック界が生んだ最高の詩人に、あらためて敬意を表し、心からの拍手を贈りたい。

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執筆者
佐々木モトアキ プロフィール
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html