イデア。
それはアイディアという言葉の語源となるギリシア語で、プラトンが使ったことで有名だ。我々が暮らす現象世界とは別の、イデア世界があり、我々が目にするものは、イデア世界の劣化コピーに過ぎないのだと、プラトンは考えたといわれている。
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シティには
君に話してやりたいことが
山ほどあるのさ
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1977年にザ・ジャムはこの曲「In The City」でデビューするわけだが、当時のロンドンは、パンクによって長い眠りから醒めたような熱狂にあった。18歳だったポール・ウェラーも、セックス・ピストルズやクラッシュに刺激を受けていた。
ポール・ウェラーは、2011年、雑誌「Q」でこのデビュー曲を振り返っている。
「あれは、若い労働者階級のサウンドだった。ロンドン出身でなかったとしても、郊外から飛び出してやろうという若者たちのね」
ロンドンだけでなく、イギリスは長い不況の中にあった。
「自分たちにとっていえば、シティは、すべてが起こっている場所だった。そこにはクラブが、ライブが、音楽があった。私は確か、18歳だった。刺激的な時代であり、年だった。ロンドンは、ポスト・ヒッピーの日々から抜け出そうとしていた。そして新しい世代が出てきていたんだ」
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シティでは
何千という顔が輝いている
そしてみんな25歳以下なのさ
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1960年代のアメリカでは「30歳以上を信じるな」と言われたものだが、ロンドンでは、更に若い連中が時代を引っ張ろうとしていた。
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みんな言いたいのさ
みんな君に教えたいんだ
若者のイデアをね
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「あの曲は我々にとって、とても大きなものだった。コンサートはいつも、あの曲から始めた。そしてアンコールということになれば、もう一度、あの曲を演った。それくらい大きなリアクションがあったのさ」
そして、ロンドンっ子たちは、ザ・ジャムに熱狂したのだ。彼らは単なるパンクではなかった。モッズ・スーツに身を包み、破壊者というよりは、どこか知的な一面があった。
昨日今日、ギターを手にしたパンクスとは違うのだと、ポール・ウェラー自身、2015年、雑誌「Mojo」で語っている。
「我々はその頃すでに、5年のキャリアがあった。クラブや、労働者たちが集まる店で演奏してきたからね」
ポール・ウェラーは、14歳の頃からビートルズのカバーなどを演奏し、店のステージに立っていたのである。
「だから、ギターのチューニングなんて気にしない、なんて連中とは違ったのさ」
ロンドンの若者たちにとって、ポール・ウェラーこそ、理想の若者像=イデアに見えたのだろう。

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