エルヴィス・プレスリーが「ハートブレイク・ホテル」で、初めて全米1位を獲得したのは1956年3月3日のことだ。
それは、田舎町から出てきた若者の人気が本物であることが証明された瞬間であり、20世紀の音楽史が新たな時代を迎えた瞬間でもあった。
この曲がのちのロックシーンに与えた影響の大きさは計り知れず、ビートルズのメンバーを筆頭に、この曲によって人生が変わったというミュージシャンは数知れない。
キース・リチャーズはこの曲と出会ったときのことを自伝でこう振り返っている。
気絶しそうな衝撃。初めての感覚だ。こんな音、聴いたことがない。エルヴィスという名前さえ知らなかったが、俺の人生、まるでこの出会いを待っていたかのようだった。翌日、目が覚めたら俺は別人になっていた。
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「ハートブレイク・ホテル」を書いたのは、学校の先生をしながら、作曲家やラジオ・パーソナリティなど幅広く活動していたメイ・アクストンという女性と、トミー・ダーデンというソングライターだ。
2人はこの曲が生まれた背景について、マイアミ・ヘラルド紙という新聞のある記事からインスピレーションを得たと説明している。
それは1955年の一人の若者が自殺をしたという記事で、遺書には「私はロンリー・ストリートを行く」と書かれていたという。
この記事を読んだメイ・アクストンは、寂しく死んだであろうこの若者を独りのままにはしておけないと、トミーに「このロンリー・ストリートにハートブレイク・ホテルを建てましょう」と提案するのだった。
ああ、ベイビーに捨てられて
たどり着いた新たな住処
そこはロンリー・ストリートの突き当り
ハートブレイク・ホテル
しかしこのエピソードには謎がある。
当時の新聞を調べても、若者が「ロンリー・ストリート」という言葉を残して自殺したという記事が見つからないのだ。「ハートブレイク・ホテル」のモデルになったという若者は本当に実在したのか、それすらもはっきりしないまま、真実は闇の中に葬られてしまうかに思われた。
この謎に一つの答えが出たのは、「ハートブレイクホテル」がリリースされてから60年もの年月が過ぎた、2016年のことだ。
カールトン大学のランディ・ボスウェルという教授が、ローリングストーン誌に一つの論文を寄稿した。
ボスウェル教授は、「ハートブレイク・ホテル」の謎を解くため、事件があったであろう1955年夏から秋にかけてアメリカ南部で発行された新聞を、しらみつぶしに調査したという。
そして見つけたのが、テキサス州のエルパソ・ヘラルド・ポストという新聞に載っていた、男が酒屋で強盗して店主に銃で殺されたという記事だった。見出しには「ロンリー・ストリートを行く者の物語」と書かれていた。
物語は2年前の1953年からはじまる。
ある日、一人の男が警察署に自首をしにきた。彼の名前はアルヴィン・クロリク。画家と作家を生業としていたが、結婚生活が破綻したのをきっかけに自暴自棄になり、追い詰められた末に強盗に手を出してしまったという。しかし罪悪感と、いつ警察が来るか分からないという恐怖に耐えきれず、自首することにしたとのことだった。
アルヴィンは、他の人が自分と同じような過ちを犯さないでほしいという気持ちから、自らの過去と思いを紙にしたためており、「強盗犯が自首した」というニュースとともに、その内容の一部が新聞に掲載された。
もしもあなたが崖っぷちに立たされていて、タバコ一箱か酒瓶くらいしかなく、生きる目的すら失っていたとしたら、とりあえず座って考えてみてほしい。これはロンリー・ストリートを行く者の物語だ。私はこの物語が誰かの未来の手助けになればと願う。
そして1955年。刑期を終えて出所したアルヴィンは、修道院の壁画制作を手伝うなどしており、精神的に立ち直ることができたかに思われた。
ところがその年の夏、アルヴィンは再び強盗に手を出してしまう。そして店主に銃で撃たれてしまい、27年という短い生涯は幕を閉じるのだった。
ボスウェル教授は、「ロンリー・ストリート」という言葉が使われていることなどから、このアルヴィンこそが「ハートブレイク・ホテル」のモデルだろう、と結論づけている。
自殺と他殺など、作曲家のメイが話した内容といくつか異なる点はあるが、アルヴィンはまさに「ハートブレイク・ホテル」の住人にふさわしい人物だった。
ベルボーイは泣き続けている
受付は黒い服に身を包んでいる
彼らは長いことロンリー・ストリートにいる
決して振り返ることはないのさ
傷ついた果てに孤独の中で死んでいったアルヴィンだが、「誰かの未来の手助けになれば」と願って彼が残したロンリー・ストリートの物語は、「ハートブレイク・ホテル」と名前を変え、エルヴィス・プレスリーという最大級の影響力を持つ歌い手によって、全世界へと拡がっていったのである。
(このコラムは2017年3月3日に公開されたものに一部修正を施したものです)
Elvis’ Golden Records
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