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聖歌隊のソプラノだったキースの人生を変えたエルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」

2016.12.06

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神への感謝を捧げる聖歌隊のボーイソプラノ、それが少年時代のキース・リチャーズの姿だった。

ロンドン中心部から東に位置する郊外の町、ダートフォードにキースが生まれたのは1943年の12月18日。
幼い頃は同年代と比べて背が低く引っ込み思案な性格で、学校の成績は平均的だった。

そんなキースが一生懸命になっていたのが学校の聖歌隊だ。
家庭が献身的なキリスト教徒だったわけではなく、キース自身も教会に行ったことがないどころか場所すら知らなかったというが、聖歌に関しては音楽的な好奇心からか人一倍真面目に取り組んだ。
少年合唱の中でも花形と言われるのがボーイソプラノで、キースの聖歌隊では3人しか選ばれないのだが、見事その1人に抜擢された。

キースの所属する聖歌隊は指導がよかったこともあって、次々に全国的なコンクールで賞を受賞する。
11歳のときには戴冠式などが行われる由緒正しいウェストミンスター寺院で、エリザベス女王を前にして歌ったという。
その目覚ましい実績もあって学校側も学業を免除し、キースはより一層聖歌の練習に専念するのだった。

(最前列の右寄りにいるハーフパンツの少年がキース)
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そんなキースが聖歌隊から一変して、不良に生まれ変わる事件が起きたのは13歳のときだった。
変声期を迎えてソプラノの声が出なくなると聖歌隊を辞めさせられ、学校からも降級させられてしまったのだ。
一生懸命に神へ歌を捧げてきた結果が降級なのだから、キースのショックは計り知れないほど大きかった。

こんなひどい“感謝の言葉”があっていいのか。十三歳でとつぜん下の学年といっしょにやり直さなくちゃならないなんて、まったくひどい仕打ちだ。
(中略)反抗者を育てたけりゃ、あんなふうにすりゃあいい。


このことをきっかけにキース、そして一緒に降級されたソプラノの2人は学校に反発するようになる。

聖歌隊と学校の仕打ちによって、人生観も態度も一変してしまったキースだが、それから間もなくしてさらに人生を一変させる出来事が起こる。
それは、いつものように深夜にベッドの中でラジオを聴いていたときのことだ。
流れてきたのはエルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」だった。

気絶しそうな衝撃。初めての感覚だ。こんな音、聴いたことがない。
エルヴィスという名前さえ知らなかったが、俺の人生、まるでこの出会いを待っていたかのようだった。
翌日、目が覚めたら俺は別人になっていた。


「ハートブレイク・ホテル」はエルヴィスがメンフィスの小さなレコード会社、サン・レコードから大手レコード会社のRCAに移籍して最初のシングルだ。

heartbreak

1956年1月27日にリリースされると、エルヴィスにとって初の1位となっただけでなく8週連続トップという大ヒットになり、ここからエルヴィスの快進撃が始まったといっていいほどのエポックメイキングな曲だった。
この曲がリリースされる前、レコード会社側は楽器の少ないシンプルな編成で派手さに欠けることや、歌詞の内容の暗さから、ヒットしないのではないかという不安を抱いていたという。
しかし、キースに言わせればそれこそがこの曲の魅力だった。

歌いかたが全然ちがう。ほかとは音がまったくちがう。
余計なものをすべてはぎ取って燃焼している。
かっこつけたところがない。バイオリンもない。女声コーラスも、感傷的なところもない。
全然ちがうんだ。あればっかりはエルヴィスに脱帽だ。
静けさはキャンバスだ。無理やり埋めちゃいけないんだ。




「ハートブレイク・ホテル」はキースだけでなく、ジョン・レノンを筆頭に数多くのミュージシャンたちにも多大な影響を与えた。
その功績についてU2のボノはこのようにコメントしている。

エルヴィス・プレスリーはロックンロールのビッグバンみたいなものだ。
エルヴィスにはふたつの文化が混ざり合うという、面白い瞬間があるからだ。
つまり、白人音楽のメロディやコード進行というヨーロッパ文化と、黒人音楽のリズムというアフリカ文化とが出会って、全部一緒になって、エルヴィスにあのような体の動きをさせた。(『エルヴィス・プレスリー総特集』 (KAWADE夢ムック)より引用)


白人音楽と黒人音楽が混ざり合うことで生まれる化学反応、それこそがエルヴィスに時代を変革させるほどの爆発的なエネルギーをもたらしたわけだが、キースはとりわけ黒人音楽のほうに反応したようだ。
キースがそうした音楽を好むようになったのは母、ドリスの影響が少なからずあるという。
それはキースがまだ4~5歳だった頃、ドリスが家でよく聴いていたのはエラ・フィッツジェラルドやルイ・アームストロングといった、黒人シンガーたちだった。

おふくろが音楽をかけてくれたおかげで、俺の耳は黒い色の側に向いた。
当時は歌手の肌の色が白か黒か緑かなんてわからなかったけどな。


「ハートブレイク・ホテル」を聴いて別人になったというキースは、チャック・ベリーからバディ・ホリー、リトル・リチャード、エディ・コクランなど、ラジオで自分の琴線に触れたものを片っ端から聴き漁りはじめる。
彼らの肌の色など分からず、ただただ自分の耳だけでその音楽に宿る黒さを感じ取るのだった。


キースの発言の引用元:
『キース・リチャーズ自伝 ライフ』キース・リチャーズ著/棚橋志行訳(楓書店)

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