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エルモア・ジェイムスを偲んで〜“スライドギターの王様”と呼ばれた男の偉大な足跡と功績

2025.05.24

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1963年5月24日、“スライドギターの王様”と呼ばれた男エルモア・ジェイムス(享年45)がシカゴにて急逝した。死因は心臓発作と発表された。

28歳の時に心臓病で入院を経験しており、その後も何度か心臓マヒを起こしたという。「俺はいつ死ぬかわからない」と周囲に言いながら、その恐怖から逃れるかのように…いつも酒を呑んでいるような生活をしていた。

伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンに手ほどきを受けたという逸話もある彼のスライドギター(ボトルネック奏法)は、ブルースからロックが誕生する道筋に大きな功績を残すこととなった。

唯一無二とも言える彼のギタープレイは、後にローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、フリートウッド・マック、スティーヴィー・レイ・ヴォーンなどに大きな影響を与えた。 ジミー・ヘンドリックスは“最も強い影響を受けた人物”としてその名を挙げている。日本でも憂歌団の内田勘太郎や近藤房之助がフォロワーとして知られている。

1918年、エルモア・ジェイムスはアメリカのミシシッピ州で私生児として生まれた。十代の頃から自らを「クリーンヘッド」「ジョー・ウィリー・ジェームス」と名乗り、地元やアーカンソー州ヘレナで活動を始める。

当初は19歳年上のブルースマン、サニー・ボーイ・ウィリアムソンIIにくっついて、あちこちの酒場でギターを弾くようになる。その後、キャリアを重ねながらハウリン・ウルフ、ホームシック・ジェイムス、スリーピー・ジョン・エステス等と活動を共にする。

ある日、流れ者のロバート・ジョンソンの演奏を見た瞬間に衝撃を受けて、手ほどきを受けるようになる。そこでデビュー曲ともなる「Dust My Bloom」を伝授されたということらしいが…音楽と共に女癖と酒癖の悪さも教わったのだろう。

初録音は遅く、1951年(当時33歳)だった。ミシシッピ州ジャクソンのトランペットレーベルでのスタジオで、ロバート・ジョンソン直伝の「Dust My Bloom」をレコーディングする。

この曲のヒットで一躍“名の知れたブルースマン”の仲間入りを果たした。当時を振り返ってトランペットレーベルの女社長、リリアン・マクマリーはこんな言葉を残している。

「彼は偉大なギタリストだったけど、料理も上手だったの。彼が作ったフライドチキンは今までで最高の味だったわ。」




以降、わずか10年程の録音期間の多くを、従兄弟のホームシック・ジェームスと活動を共にしている。エルモアが編み出した芸風の一つでもある3連符奏法は“ブルーム調”とも呼ばれ、多数のアーティスト達に大きな影響を与えてきた。また、ゴスペル直系のアクの強いボーカルも評価が高く、ブルース歌唱のお手本としても重要視されている。

生前に残したヒット曲「Shake Your Moneymaker」「The Sky Is Crying」などは、今も尚スタンダードナンバーとして世界中のブルースファンに愛され続けている。



The Sky Is Crying : The History of Elmore James

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執筆者
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html

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