■イギー・ポップ、ジャーヴィス・コッカーに経済や音楽哲学を語る(rockin’on RO69より)
日常的には俺たちの日々の暮らしを支配しているお金の仕組みがある一方で、世の中には砂漠で物々交換をして暮らしている人たちもいれば、ある時点まではボルシェヴィキ期に成立したマルクス主義の仕組みに支配されている人たちもかつてはいたわけなんだよね。それは結局、うまくいかなかったわけだけど―(中略)―全員のためにいろんなものをただにしろとか、全員に平等を保障しろとか、全員のために医療制度を用意しろとか掲げる連中がほかにいたからこそ、資本主義者もちょっと頭を冷やさなければならなくなったんだよ。これにはなんか真理があるのかもしれないと思う
♪「I’m Going Away Smiling」/イギー・ポップ(オノ・ヨーコ)
いまから3年前(2012年)のちょうど今頃、パンク界のゴッドファーザーことイギー・ポップが音楽シーンに一石を投じ大きな注目を集めた。
その発端となった新作アルバム『Après』の内容も然ることながら、何がそんなに注目され話題となったのか!?
イギーの所属レコード会社(Virgin EMI )は「あまり売れる見込みがない、イギー・ポップのファンは気に入らないだろう」という理由でリリースを拒否した。
そのため、本作は通常と異なるルートで販売されることとなったのだ。
基本はダウンロード販売で、物理的な CD はフランスのオンラインオークションサイト “Vente Privée ”を通じてのみ販売されるという、きわめて変則的な形でのリリースだった。
イギーは、アルバムのリリース会見の席で「なぜ今回メジャーなレコード会社でなく、配信で直接ファンに届けようと思ったのか?」との質問が飛んだ際、「馬鹿にされ、ボロボロにされた挙げ句に引きずり降ろす以外に、あいつら今まで俺のために何かしてくれたことなんてあったかよ!?」と、メジャーレーベルに真っ向から“クソくらえ宣言”を放ったのだ。
イギーはこうも続けた。
「奴らは俺に最近の若いパンクバンドとかと組ませて“やあ俺がパパ(ゴッドファーザー)だよ!”みたいなことを望んでるみたいだったけど、そんなもん誰がやるか!」
「奴らはこれで金を稼げるとは思わなかったんだろう。俺のファンがこれを気に入るとは思わなかったんだろう。賢明なタイプの人に対する非常に賢明な態度だ。でも俺はそういうタイプの人間じゃない!」
Virgin EMIの予想(!?)を見事に裏切り、イギー・ポップの新作『Après』は発売直後フランスのアルバムチャートで3位となり、ダウンロードチャートでも11位を記録したのだ。
これはイギーのキャリア史上、初の快挙だった。
それは、従来のレコード会社というものが“必要のない存在”になっていることが証明された結果でもあった。
♪「La Vie en rose」/イギー・ポップ(エディット・ピアフ)
アルバムの内容はというと…大きな特徴として、本作にはイギーのオリジナル曲は収録されていない。
しっとりとした雰囲気のフランスをテーマとしたカヴァー集で、エディット・ピアフやビートルズ、オノ・ヨーコ、フランク・シナトラ、ハリー・ニルソンなどの名曲を取り上げた内容となっており、シャンソン曲ではフランス語歌唱も披露している。
前作の『Préliminaires』が、フランス語で「準備」を意味するのに対して、本作『Après』もフランス語で「後」を意味する言葉である。
ちなみに、前作はフランスの作家ミシェル・ウェルベックの小説『ある島の可能性』に触発され、ジャズ風のサウンドを導入した内容であった。
イギーは、ここ数年の作風についてこんなこと語っている。
「今日のポピュラー・ミュージックのすべてのスタイルは、ビートにその強味があるのさ。」
「ラップ、ヒップホップ、メタル、ポップ、ロックと、様々なジャンルのプロデューサーが口を揃えてこう言っている――『ビートとは心臓の鼓動の模倣であって、そこに力がみなぎるもんなんだ』ってね。」
「でも、俺はそれとはまた別のフィーリングがずっと好きでもあったわけで、温もりがあって、ちょっと物悲しくて、俺の頭をガンガン打ちつけてこないようなものが好きなんだよ。」
「俺としてはこういう楽曲を歌ってみたくて、リスナーとして感じたものを俺の声を通して俺のリスナーにも伝えたかったんだ。」
♪「Michelle」/イギー・ポップ(ビートルズ)
さらにイギーはこう続けている。
「フランス語の曲が多いんだけど、それはフランス文化が、イギリスとアメリカの音楽業界が仕掛けてきた攻勢に最も頑固に抵抗してきた文化だったからだろうね。」
Iggy Pop: Around Aprés from Julien Peres on Vimeo.
これはアルバム『Après』の発表当初、イギーが受けた貴重なインタビュー動画である。
ここでは、パンク界のゴッドファーザーと呼ばれる男が“もう一つの顔”を惜しげもなく見せてくれている。
その発言も大変興味深いものである。
ここは俺のやる気を保つための家なんだ。
2500人しかいない小さな村の中さ。
マイアミの最も危険な地域のすぐ隣りなんだけど、ここはまったく別の場所みたいに感じられる。
ここは俺の野菜畑。
ミシェル・オバマがホワイトハウスで野菜を作ってるって話を聞いて、これを思いついたんだ(笑)。
すごくいいアイディアだろ。
ここへ帰って来たらまず野菜を収穫して、それを切ってパテに混ぜて食べるんだ。
20年くらい前、ひどく体調を崩したときに韓国人の武道家に出会ったんだ。
彼は俺に太極拳とその基礎となってる気功を教えてくれた。
それ以来毎日かかさず実行してる。
ある決まったの型の組み合わせによって心を落ち着かせ、エネルギーを作り出すんだ。
俺はここ15年か20年くらい、オフステージの生活を少しずつ、静かでゆっくりしたものにしてきた。
俺に必要なことだった。
そうすると、次第に声の出が良くなり、情熱を感じる対象が変わってきた。
俺が子どもの頃に聴いてたような、静かな曲が歌いたくなってきたんだ。
ストゥージズのツアーで2ヶ月ずっと「ウワァー!」「ファック・ユー!」「ファッキン・ヘル!」 「ヘイ!!ウワォ!!ワァーーー!!」とやった後、家に帰って考えたんだ。よし、スタジオでそんな曲を歌ってみようって。
そんなわけで俺は穏やかで地味な生活を送ってる。
静かな生活だよ。
ただし、時にまだ悪魔が俺に語りかけるんだよ。
オフステージでは静かな暮らしを心がけ、アルバム『Après』では繊細でセンチメンタルな歌声を聴かせてくれたイギー。
その発言の端々から、ブレることのない“アティテュード”と、極められた“タフネス”を感じずにはいられない。
作品のリリースを含む、彼の今後の動向に注目は高まるばかりだ。