70年代初頭からイギリスのパブロックシーンを牽引し、後のパンクロックムーブメントの火付け役となったドクター・フィールグッドから始まり、ソリッド・センダーズ、ザ・ブロックヘッズ、そしてソロ名義での活動と、長いキャリアを通してロックシーンの大きな足跡を残してきたウィルコ・ジョンソン。
“マシンガンギター”の異名を持つ彼のピックを使わない鋭いカッティングとリードを同時に弾く奏法は、世界中で数多くのフォロワーを生み、世代を超えてリスペクトされ続けている。
彼は少年時代にどんな日々を過ごしていたのだろう?
1947年7月12日、彼はイギリスのエセックス州キャンベイ島で産声をあげた。テムズ河口に位置するその島は、17世紀にオランダ人が湿地を埋め立てて造った人工島だった。
「低地のため満潮時の浸水に備えて、島の周囲はぐるりと堤防に囲まれていた。海抜0メートル以下で生まれたってことは俺のちょっとした自慢なんだ」
ガス工事の仕事をしていた父親と元看護婦の母親の間に生まれた3人兄弟の長男だった彼は、幼少期にあまり親からの愛情を受けることなく育ったという。
「俺が幼い頃、その島は畑と農道ばかりで、住民はみんな粗末なバンガローや木造のほったて小屋やキャラバンに住んでいた。鉄道の客車に寝泊まりしている人さえいたよ。5歳の頃、そんな貧しくも長閑な地にシェル・ヘイヴン精油所が進出してきたんだ。いつの間にか島の西の地平線は石油タンクや煙突や高い塔で埋め尽くされた」
1953年2月、5歳だった彼がちょうど学校に通い始めた頃、キャンヴェイ島は破壊的な洪水に見舞われた。大潮で潮位が異常に上がっていたところへ低気圧による暴風が吹き荒れ、巨大な高波がテムズ河口一帯を飲み込んだのだ。
この洪水で56人が命を落とした。彼の実家も破壊され…キャンヴェイ島の住民たちは島からの退去を余儀なくされた。
「このとき島への滞在を許されたのは軍隊と二次災害防止のために働く必要がある労働者だけだった。俺の父親はガス管点検のため島へ残り、深く冷たい水をかきわけながらメンテナンス業務に奔走した者の一人だった。それが原因で父親は健康を害することになったんだ。呼吸器系疾患に蝕まれ、気管支炎、肺炎、喘息など、ありとあらゆる病気を患うこととなった。そして洪水から10回目の冬を越えた後に、父親はついに命尽きた。56歳の若さだったよ。教養がなく短気で暴力的だった父親を俺は最期まで好きになれなかった」
教養を身につけることを望んだ彼は、11歳の頃にイレブンプラス試験に合格した。その試験は初等学校から中等学校への進学時に行われていたイギリスの教育法に基づく試験で「進学コース」「実践的な技術教育コース」「手に職を付けるコース」と子供達の将来を振り分けるものでもあった。
彼はグラマースクールという「進学コース」を選択し、その年から青いブレザーを着用し、宿題でいっぱいのカバンを持って遠距離通学を始めた。
「15歳の頃だっただろうか…ある日、学校で地理の授業を受けるために教室を移動した先で、俺が座った机に誰かのエレクトリックギターが立てかけてあったんだ。メタリックに光る弦とフレット、ボリューム/トーンのつまみ、トレモロアーム、ボディの形、そのすべてが俺の目を釘付けにした。弦を指ではじく衝動を抑えることができなかった。完全に魂を奪われたんだ。もう俺はこの世界の何よりもエレクトリックギターが欲しくなった。ギターを武器にステージに立ち、俺に憧れる女のコに包囲される自分の姿を妄想すると…たまらなかった」
1962年のクリスマス、彼は親にねだって念願のエレキギターを買ってもらう。
「俺は左利きだが、そのギターは右利き用のギターをひっくり返して左利き用にしたに等しく“安かろう悪かろう”という言葉ですべて言い尽くせるほどの粗悪な作りだった。あんなものまともに弾けと言われても…卓越したギタリストに渡しても無理だろう(笑)弦高はフレットから1.3cmくらいあって、コードを押さえるなんて中世の拷問に近いものがあった(笑)そんな悪条件だったから、俺のギターの上達は遅かった」
その後、彼はようやく(少し)まともなギターを手に入れる機会に恵まれた。ワトキンス・レイピアというイギリス版フェンダー・ストラトキャスターのコピー品だった。
このギターもまた右利き用のギターだったのだが、彼はここで一念発起し、自分を「右利きだ!」と仮定して、一からギターの練習を始めたのだ。利き手を無視したギターの練習を積むうちに、彼は音楽への理解も深めていった。当時、イギリスではローリング・ストーンズが世に出てきて若者達を熱狂させていた…
<参考文献『不滅療法〜ウィルコ・ジョンソン自伝〜』ウィルコ・ジョンソン(著))石川千晶(翻訳)/リットーミュージック>

『Down by the Jetty』
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