『炎のランナー』(Chariots of Fire/1981)
2012年のロンドン五輪。開会式や閉会式に登場するアーティストの演奏や様々な文化的/歴史的事象での名曲使用に、多くの音楽やロックファンはきっと反応したことだろう。
中でも面白かったのは開会式の祭典で、英国映画『炎のランナー』のタイトル曲がオーケストラによって演奏。そこに印象的なシンセサイザーのあの音が絡んでくる場面。弾いているのはヴァンゲリスではなくMr.ビーンということが分かって歓声が沸く。ビーンが退屈そうにシンセサイザーの鍵盤を押し続けながら、海辺を走る有名なシーンのパロディまであった。
『炎のランナー』(Chariots of Fire/1981)は極めて英国的な映画だった。監督はヒュー・ハドソン。信念を突き通した人間ドラマを探していたプロデューサー、デヴィッド・プットナムがLAに滞在した時のこと。借りた家に一冊の本が置き去りにされていた。それはオリンピックの歴史が綴られた本で、特にエリック・リデルの記事に心奪われたことから始まる。
映画のオープニングとエンディングは、ゴルフの発祥地と全英オープンでも有名なセント・アンドリューズの海辺。曇り空と静かな波に見守られながら渚を走る若者たちの姿。
現在のような商業主義や利権にまみれた五輪とは表情がまったく違った1920年代の五輪。短距離走で金メダルを獲得することを夢見た二人の若者が目の前の試練を克服しながら、やがて実現するまでの姿を描く。その普遍的なテーマと静かな描写はとても味わい深く、ハリウッド映画や民放のTVドラマを見慣れた目には妙な心地よさ、喜びを感じる。
実在した二人のイギリス人青年が描かれるが、一人はエリック・リデルというスコットランド人、もう一人はハロルド・エイブラハムズという名のユダヤ人というのもこの映画の見所の一つだろう。宣教師の家系に生まれたリデルは神のために走り、差別や偏見と闘うエイブラハムズは勝利するために走る。
ギリシャ生まれのシンセサイザーの巨匠ヴァンゲリスが音楽を担当。風景や心情を見事に奏でたサウンドトラック盤はナンバーワンになり、タイトル曲も世界的ヒットに。『ブレードランナー』への仕事に繋がっていく。
また、英国トラッド・ファッションの着こなしや美しさにも思わずため息が出てしまう。どんな貧しくても男たちはスーツやネクタイを着ることを忘れなかったと言われる時代は、失われたダンディズムをそっと教えてくれる。英米のアカデミー作品賞を独占したのは言うまでもない。
(以下ストーリー・結末含む)
1919年。英国の名門ケンブリッジ大学に一人のユダヤ系青年が入学してくる。間もなくしてハロルド・エイブラハムズは駿足を認められて学内でも有名な存在になる。彼は差別や偏見に打ち勝つために走っているようにも見えた。
その頃、スコットランドではラグビー選手のエリック・リデルが英国一の駿足として有名になっていた。しかし、宣教師の家系で育った彼に妹は走る事をやめて神の道に進んで欲しいと願う。エリックは神のために走るんだと言って説得するのだった。
1923年。国内の競技会で初めて顔を合わす二人。注目されたその競技はエリックが勝つ。今まで経験したことのない敗北感と挫折感を味わうハロルド。そんな彼を優しく慰める婚約者。そこにイタリアとアラブの血を引くプロのコーチ、サム・ムサビーニが現れる。ハロルドは大学の権威からの差別的な忠告に流されず、信念を貫くためにムサビーニの指導を受ける日々を選ぶ。
1924年、パリ五輪。いよいよその時が来る。エリックやハロルドのライバルは今ではアメリカ選手団だ。だが問題が起こった。予選日が日曜という安息日と重なったことでエリックは出場辞退を決心する。英国選手団の役員たちは何とかエリックを走らせようとするのだが……。
一方、ハロルドが走る日。ムサビーニは人種差別によって競技場に入れないので、手紙とお守りをハロルドに託す。クライマックスのシーン。競技場が見えるホテルの一室で、ハロルドの優勝を告げるイギリス国旗が上がっていくのを見つめながら、勝利を祝福するムサビーニの姿が感動的だ。
ヴァンゲリスの音楽が深い印象を残す
こちらはロンドン五輪の開会式でMr.ビーンがパロディ化
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*日本公開時チラシ
*参考/『炎のランナー』パンフレット
*このコラムは2016年1月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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