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ミスター・ノーバディ〜「もしあの時、あの選択をしていたら」を描く切ない愛の物語

2024.01.14

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『ミスター・ノーバディ』(Mr.Nobody/2009)


もしあの時帰ろうとするあの人に、勇気を出して本当の気持ちを伝えていたなら……
もしあの時あんなことを言わなければ、お互い傷つかないで別れずに済んだのに……
もしあの人と結婚していたら、今頃はどんな家庭や人生を送っていたのだろう?……

時々、昔付き合っていた人や密かに想いを寄せていた人と無意識のうちに遭遇することがある。自分も相手も当時のままで今よりも若く、言動も場所もリアルに眩しく駆け巡る。二人とも笑顔が絶えない。でもどのシーンも断片的で儚く、何となくぼんやりと浮遊している……なぜならそこは夢の中の世界。自分が創り出した世界。そして目覚めると、何とも言えない感覚に包まれながら、今日という現実が始まっていく。

創作の世界では、この不思議な体験は「パラレルワールド」(同時並行世界)や「バタフライ効果」(些細な出来事の差が最終的には大きな結果の違いにつながる)といった手法を通じていくつかの作品が生み出されてきた。夢の中で理想の人生を送り続けているだけなのか。それともどこか違う世界で実際に別の人生が展開されているのか。心に傷を負ったことがある人なら、きっと共感することができる永遠不滅のテーマだ。

『ミスター・ノーバディ』(Mr.Nobody/2009)はそんな世界を描いた映画。あの時、あの選択をしていたらどうなっていたのか。運命の女性たちとその後どんなことになっていたのか。壮大なスケールと映像美に圧倒される奇跡の139分間。

監督はベルギー人のジャコ・ヴァン・ドルマル。『トト・ザ・ヒーロー』(1991)や『八日目』(1996)に続く3作目で、脚本執筆に6年も費やしたという13年ぶりの新作。フランス・ドイツ・カナダ・ベルギー合作映画で、ハリウッド資本は入っていない。主人公を演じるのは演技力に評価が高いジャレッド・レト。英国の映像作家ジュリアン・テンプルの娘、ジュノー・テンプルも魅力的な存在感を放つ。

二つの選択からは、無数の可能性が広がっている。枝葉のような広がりがある。この脚本でそういう限りのない可能性から生まれる計り知れない裂け目、深淵を感じ取れるようにしたかった。


また、この映画には3人の女性が登場する。一人は主人公の男を愛し、彼女も彼を愛している。次の一人は彼が愛しているのに、彼女は彼を愛していない。そしてもう一人は彼を愛しているのに、彼は彼女を愛していない。

監督はさらに「主人公である一人の子供が自分の未来に目を向ける視線と、その子供が老人になって過去を見つめる視線とをクロスオーバーさせよう」と考えた。何だか複雑なようだが、観ているうちにそんなことは気にならなくなる。ストーリーが力強いからだ。

視覚効果も秀逸で、それぞれの女性の少女時代に赤・青・黄のシンボル・カラーを設定。例えば赤い色の少女を選ぶと、「すべての美術は赤く色付けされて、青や黄の色彩は見えなくなる。だが、子供時代にはたくさんの色があったはずの年老いた主人公には、白色しか残っていない」

物語の舞台は2092年。そこは人間が死ぬことのない世界が実現している。だが、118歳の誕生日を迎える主人公のニモ(ジャレッド・レト)だけは、今まさに人生を終えようとしていた。この世界で唯一、死ぬ人間として生き残っているのだ。

誰も彼の過去を知らない。最期の時が生中継のモニターで見守られる中、一人のジャーナリストがニモに取材する。すると老人は自分の人生を語り出す……9歳のニモの前には3人の少女がいた。ある日、母親が浮気をしているのを目撃してしまい、それを機に両親は離婚する。駅のホームでどちらについていくか選択を強いられるニモ。母親についていくか、父親のもとに残るのか。

母親についていけば、赤い服のアンナとの出逢いが待っている。彼女とはある選択次第では切ないほどのラブストーリーが展開される。一方で父親と残れば、青い服のエリースとの出逢いが待っている。しかし情緒不安定な彼女との結婚生活は、深い悲しみに覆われる。そして黄色の服のジーンと結婚すれば、物質的に何もかも満たされた生活を送れるが、愛のない虚しい時だけが過ぎていく……人生を終えようとするニモ。果たしてどれが真実なのか。

『ミスター・ノーバディ』は、何かを選ぶのではなく、すべてを体験してはどうだろうかという映画体験だ。そして最後には、すべての体験が興味深いものだということに気づくと思う。感じ取ってほしいのは、選択には良いも悪いもないということ。ただ、それを選んだならば、どう生きるかということだ。


予告編。サントラにはユーリズミックスやネーナ、バディ・ホリー、オーティス・レディング、エミルー・ハリスなど。


ミスター・ノーバディ






*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ミスター・ノーバディ』パンフレット
*このコラムは2019年5月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
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