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100年前に生まれた「ゴンドラの唄」が今も愛される理由

2015.05.11

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「いのち短し 恋せよ少女」で有名な「ゴンドラの唄」。歌い出しこそよく知られていますが、この曲を誰が最初に歌い、いつ流行したのかは、あまり知られていません。
2015年は「ゴンドラの唄」が発表されてから100年という記念すべき年です。

大正時代のヒット曲 「ゴンドラの唄」の生い立ち

大正4年(1915年)に藝術座が公演したツルゲーネフ作『その前夜』の劇中歌として、「ゴンドラの唄」は女優の松井須磨子が披露しました。
藝術座は文芸評論家で劇作家でもあった島村抱月が主宰する劇団、須磨子が演じる主人公エレーナは恋人の死に際して、ベネチアでゴンドラに乗りながらこの歌を歌います。
『その前夜』は演劇評論家からあまり高い評価を得ませんでしたが、一般大衆に「ゴンドラの唄」は受け入れられ、レコードや楽譜が発売されました。

藝術座は前年にトルストイ作『復活』のなかで、「カチューシャの唄」を松井須磨子に歌わせて2万枚ものレコードを売り上げています。
「ゴンドラの唄」は藝術座にとって、2作目のヒット曲となったのです。



大正時代のプロモーション成功例の側面

ヒットを生み出すには、いつの時代もそれなりの“仕掛け”が必要です。
まずは当時の美白化粧水、ホーカー液の新聞広告に『その前夜』の協賛記事が掲載されます。
ライオン歯磨きは「ゴンドラの唄」をキャッチコピーにした新聞広告を作成しました。

「ライオン水歯磨を使った口で、ゴンドラの唄をお歌ひなさい。
ライオン水歯磨きは清い歌声を、ゴンドラの唄に与へます」


また当時、急速に普及したSPレコードもヒットの一助となっています。
「カチューシャの唄」は地方公演の前に文芸講座を開催し、松井須磨子の歌声をレコードで聴かせていました。
すると公演で歌う須磨子に、観客は親近感を非常に持ったそうです。
『その前夜』で文芸講座の開催を行った記録は残っていませんが、レコードの普及が「ゴンドラの唄」にも多くの恩恵を与えていることは、容易に想像できます。


耳に心地よい 言葉のリズム

プロモーションを強化しても、人の心を掴まなければ、曲はヒットしません。まずは、「ゴンドラの唄」の歌詞に注目しましょう。

いのち短し 恋せよ少女 赤き唇 あせぬ間に

声に出してみると心地よいリズムを感じませんか?
すべてを平仮名にして、文字数を数えてみます。

いのちみじかし こいせよおとめ あかきくちびる あせぬまに

7文字・7文字・7文字・5文字 となっています。
歌詞が七・七・七・五は日本の俗曲、「都々逸」と同じ法則になっています。
かつて日本でヒットした歌謡曲にも、七・七・七・五は数多くあります。

美空ひばりの「東京キッド」
歌も楽しや 東京キッド いきでおしゃれで ほがらかで

舟木一夫の「高校三年生」
赤い夕陽が 校舎をそめて ニレの木陰に 弾む声


一方で歌詞には、恋愛を謳歌する新しい思想が込められています。
新しい時代を象徴しつつも、日本古来の心地よさも感じられる、そんな絶妙な詩なのです。


日本人には難解だった ワルツ調のメロディ

「ゴンドラの唄」を作曲した中山晋平は、「シャボン玉」や「證城寺の狸囃子」など多くの童謡や、「東京音頭」などの歌謡曲を作曲した人物です。
島村抱月の書生だった縁から「カチューシャの唄」を作曲して大ヒット、「ゴンドラの唄」の作曲を指名されました。
母の死の直後、悲しみに暮れる汽車の中で、メロディが浮かんだと言われています。
ワルツ調の8分の6拍子は、当時の日本人には馴染みにくい拍子でした。

8分の6拍子で作曲したことなどについて、中山晋平は「失敗だった」と後に語っています。
誰でも口ずさめるメロディでないことを、失敗と捉えたのかもしれません。

しかし、大正時代はカフェも増え、人々が西洋的な文化に酔っていた時代です。
「ゴンドラの唄」が発表された2年後、大正6年(1917年)頃から大流行する浅草オペラでも、「ゴンドラの唄」は歌われていました。
大正ロマンを謳歌する人の心を確実に掴んでいたのは、明らかです。


現代まで歌い継がれる「ゴンドラの唄」

「ゴンドラの唄」を復活させて不朽の名曲と知らしめたのは、昭和27年(1952年)に黒澤明監督が発表した『生きる』ではないかと言われています。



胃がんに冒された主人公が歌う「ゴンドラの唄」は、「いのち短し 恋せよ少女」という詩に、生きることの意味を投影させました。

主人公を演じた志村喬は、黒澤監督の『七人の侍』と『生きる』で、世界の名優として知られることになりました。

「ゴンドラの唄」をCDやレコードで発表した歌手は、今では100組をゆうに超えています。

田端義夫や美空ひばりなど伝説的な人物や、ちあきなおみ、森昌子といった歌謡界の中心人物だけでなく、桑田佳祐(ライヴで披露)や、サニーデイ・サービス、HALCALIなどにも歌い継がれています。
HALCALI に至っては、ライオンの歯磨き粉のTVCMに使用され、商品と楽曲が時代を越えて再会しました。

TVでは森繁久彌は昭和40年(1965年)の第16回紅白歌合戦で、由紀さおり・安田祥子は平成10年(1998年)の第49回 紅白歌合戦で披露しています。

また、NHK連続テレビドラマ小説『マッサン』のヒロイン、シャーロット・ケイト・フォックスも、2015年にカヴァーを発表しました。

「ゴンドラの唄」シャーロット・ケイト・フォックス


映画やTV、CDやレコードなど、様々な面から私たちの耳に届く「ゴンドラの唄」ですが、言葉のリズムの心地良さに変わりません。そして、8分6拍子のメロディは、現代の私たちが聴くと、大正ロマンを彷彿とさせるセピア色の美しい風景を描いてくれます。

「ゴンドラの唄」からは、当時のロマンチックな雰囲気や、現代にも通じる恋愛や生きることの素晴らしさを感じ取れます。だから、今でも愛され、歌い継がれているのでしょう。

(ミュージックソムリエ 石井由紀子)

「ゴンドラの唄」HALCALI



参考資料
カヴァー楽曲調査
JASRAC J-WID 作品データベース検索
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/

村井版 近代演劇史年表 新国立劇場
http://www.nntt.jac.go.jp/library/library/pdf/kindai_engeki.pdf

『「いのち短し、恋せよ、少女」の誕生と変容 甦る『ゴンドラの唄』』
(相澤直樹著/新曜社 2012年)

『近代日本流行歌の父 中山晋平伝』
(菊池清麿著/郷土出版社 2007年)


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