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マイケル・ジャクソンの引力 〜星野源によせて〜

2017.01.23

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僕が音楽を聴きだしたきっかけは、マイケル・ジャクソンである。
2009 年、僕が小学校6年生の時にマイケルが亡くなった。当時、彼についてほとんど知らなかったのだが、小さい時からその存在を知っている大スターだったので、その死にショックを受けたことはよく覚えている。

僕たちの世代は追悼番組などで放送されるマイケルの楽曲によって、彼が本当に素晴らしい歌手であったことを知った。極め付けは死後に公開された映画『THIS IS IT』で、マイケルが自ら歌って踊りながら一つの大きなショーを作り上げていく姿には感動を覚えた。音楽やエンターテイメントに対して、彼がいかに真摯に向き合っていたかということを映画で知った。


そんな音楽の原体験を最近になってよく思い出すようになったのは、マイケルにリスペクトを捧げたかのような音楽が増えているからだ。そのきっかけの一人が星野源である。

2015年のヒット曲「SUN」を初めて聴いた時、僕はすぐにマイケルを思い出した。この曲のイントロはマイケルの「Rock With You」を連想させるカッティングだし、「Hey! J いつでもただ一人で歌い踊り」というフレーズも、彼=JACKSONをモチーフにしているように思えた。実際、星野源はこの曲を作る時に、マイケルをイメージしたことを明かしている。


彼の音楽キャリアはシンガーではなく、ギタリストとして始まった。中学生の頃に音楽が好きだったので、友人が演奏しているレッド・ホッド・チリ・ペッパーズのコピーバンドを観にいって、「なんて恥ずかしいことをしているんだ」と思ったという。

人前ではっちゃけることが「恥ずかしいこと」だと思っていたので、彼は自分の好きな音楽を声や言葉ではなく、音だけで表現する方法を選択したのだ。そうやって高校時代に結成したのがインストゥルメンタル・バンドのSAKEROCKで、星野は作曲とギターを担当していた。

結成から2年でCDデビューを果たしたSAKEROCKは、キャッチーなメロディと人懐っこさを感じさせる演奏で人気を博していく。


星野は2003年からバンドの活動と並行する形で、劇団「大人計画」の舞台にも役者として参加し始める。「はっちゃけるのが苦手」な星野だったが、そこからコメディ俳優として頭角を現し、脚本家の宮藤官九郎作品にたびたび出演して転機を迎える。

ある日、舞台の場面転換時に植木等の「スーダラ節」を、バラード調にして歌うことになった。これは笑いをとるのを意図したシーンだったが、いざ歌い始めると拍手が巻き起こり、おかしさのあまり泣いている観客まで現れた。それがソロシンガー星野源の始まりとなった。

それ以降、彼は少しずつ自分で歌う曲を作り始めて、弾き語りでの活動も始めた。それから数年後、共演した大先輩の細野晴臣の後押しもあって、それらの歌をアルバムとして発表する。2010年のアルバム『ばかのうた』である。
SAKEROCKの演奏にもあった人懐っこさや温かさは、星野源の歌の中にも歴然と存在する。彼の作る美しいメロディに乗せられて歌われるのは、日々の生活や人についての歌だ。


星野の声によって淡々と歌われた言葉は、人間の真理をピタリと言い当てるような説得力を持ちながら、どこか切なさも感じさせる。やがて彼にしか作り出せない声とメロディ、歌の言葉は多くの人に聴かれるようになった。
2枚目のアルバム『エピソード』はオリコンのアルバムチャートでトップ5入りを果たし、2012年のシングル「夢の外へ」はCMソングとしてヒットした。

ところが星野源という名前が世に知られてきた矢先、彼はくも膜下出血で倒れ生死の境をさまようことになった。なんとか一命を取り留めたものの、音楽活動を休止して長期の入院生活を余儀なくされたのである。体力的にも精神的にも落ち込み、しばらく音楽を聴く気にもなれなかったという。そんな彼を救ったのが、ふとウォークマンを手にとって聴いたプリンスだった。


ギターのカッティングとファンクなリズムに、彼は自然と心が晴れていったという。その日から彼は病室で毎日、ブラック・ミュージックを聴き漁るようになった。そうこうしていて行き着いたのが幼少期に聴いていたマイケル・ジャクソンだった。

星野が幼少期を過ごした80年代、マイケルの音楽は世界を席巻していた。彼もマイケルに憧れて、真似して歌い踊っていた一人だった。病気療養中に幼少期の自分を思い出したことが、次の作品を作り出すインスピレーションになっていく。

長期療養から復帰後、星野はブラック・ミュージックを軸とした作品を作り始めた。そこから様々なトライを経て完成したのが「SUN」という大ヒット曲、そしてアルバム『YELLOW DANCER』である。

マイケルの「Rock With You」のように少ない音数で、印象的に響くようにと意識してアレンジを仕上げたという。アルバムのリード曲「時よ」のミュージック・ビデオでは、マイケルさながらの踊りを見せている。


『YELLOW DANCER』がオリコンチャート1位を記録したことで、ブラック・ミュージックの要素を取り入れることは、日本でもスタンダードになりつつある。星野自身も2016年にそれまでのトライを発展させた楽曲、ハネるビートに乗せて日本的な音階のメロディによる「恋」を発表する。

年末の紅白歌合戦で笑顔でこの曲を歌い、会場中を巻き込み踊る彼はまさにポップスターであった。


マイケル・ジャクソンが80年代に生み出した音楽は、こうして後の世代のアーティストに受け継がれている。

 
星野源『YELLOW DANCER』
ビクターエンタテインメント

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