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不倫は文化?センセーショナルなラヴソング〜ビリー・ポール「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」

2017.02.13

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近頃は有名人の不倫スキャンダルとなると、メディアのバッシングも凄まじく、インターネット上での一般の人からの批判や攻撃も容赦がない。「ゲス不倫」などというあまり美しくない言葉が飛び交い、当人が休業や辞職に追い込まれるケースがあったことも記憶に新しい。
とある分析によると、ブラック企業やブラック・バイトがはびこる中、大人たちが隠れて不正を行うということに対して若者たちは敏感に嫌悪を示し、不倫もまたそれらと同等のものと捉えているということらしい。

しかし、遡ること約20年前までは不倫をテーマにした映画やテレビドラマ、例えば1990年代の映画『失楽園』や、1980年代のテレビドラマ『金曜日の妻たちへ』などが大ヒットし、それぞれの主題歌も大流行した。また昭和の時代には、演歌や歌謡曲でも不倫をテーマに歌ったものも多く見受けられた。
不倫スキャンダルをすっぱ抜かれた俳優の「不倫は文化」発言も世間を賑わせたが、休業に追い込まれるようなことはなかった。

片方に、またはお互いにそれぞれの家庭がありながら、恋に落ちてしまう不倫の関係ーそれは倫理には反しているかもしれないが、決して故意に不正を働いているのではないのだ。

不倫をテーマに歌った「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」がアメリカで発売されたのは、1972年だった。作者はギャンブル&ハフことケニー・ギャンブルとレオン・ハフ、そして作詞家のケーリー・ギルバートで、歌うのはビリー・ポール。
当時のアメリカでもこの歌はかなりセンセーショナルで話題となり、発売から7週目で全米ナンバーワン・ヒットに躍り出て、全米ポップ・チャートとソウル・チャート共に1位を記録した。
1971年に設立されたばかりのフィラデルフィア・インターナショナル・レコード(PIR)から、初のナンバーワン・ヒットとなった記念すべき曲でもある。

僕とジョーンズ夫人
僕らの間には、あるコトが進行中
イケないこととはわかっているけど
二人の想いは強すぎて
もう止めることなどできやしない


ギャンブル&ハフのオフィスの下にあるバーに毎日来ていた男女から着想を得て作られたというこの歌を、見事なヴォーカルで歌うビリー・ポールは、当時すでに38歳だった。
1934年生まれのビリー・ポールは、21歳の頃からジャズ・シンガーとしてアルバムをリリースするもヒットにはつながらず、一時期ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツに誘われてグループで歌っていたこともあったという。その後PIR設立前のケニー・ギャンブルと再会し、ビリーはPIRへ迎え入れられることとなる。そこで彼らにポップスへの可能性を見出され、3作目のアルバム『360ディグリーズ・オブ・ビリー・ポール』からついに大ヒットした曲が、この「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」だった。

いつものカフェでいつもの時間に、ジュークボックスから流れる好きな音楽を聴きながら、手を握り語り合う二人。そうしてまたそれぞれの家族の元へと帰っていく“僕とジョーンズ夫人”について歌われる、不倫であるがゆえに切ない想いは、美しいストリングスとメロウなギターやサックス、ジャジーなピアノで、甘く切ない大人のバラードに仕立て上げられている。
センセーショナルな不倫ソングが大ヒットしたのは、ビリーの巧みなヴォーカルと楽曲の美しさに、多くの人の心が奪われたからではないだろうか。



ところで1987年、第97回の直木賞を受賞した山田詠美の「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」は、ソウル・ミュージックの名曲をタイトルにした短編からなる小説だ。もちろんこの「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」を題材にした小説も収められている。小説では17歳の少年が、尻軽で若い男と情事を楽しんでいるという噂のジョーンズ夫人と恋に落ちて、心と体で女を愛することを知るという、甘さとほろ苦さを混えた切ないラヴ・ストーリーが描かれている。

ビリー・ポールが歌う「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」の歌詞には年齢も国籍や人種も描かれておらず、ただお互いにそれぞれの家族がありながら逢瀬を重ねるというシーンだけが描かれている。会っている時の短い時間だけど濃密な思いと、明日もまた会うことをわかっていながら別れる時の心が引き裂かれるような痛みというのは、不倫だけでなく恋愛自体が持つ切なさに共通するものではないだろうか。だからこそこの歌は、聴く人それぞれの想像や思いを重ねることができ、多くの人の心をつかむことができたのであろう。
今では国内外問わず、多くのシンガーに愛されカヴァーされる、ソウルのスタンダード・ナンバーとなっている。

ダリル・ホールによるカヴァー


マイケル・ブーブレによるカヴァー


鈴木雅之とSkoop On Somebodyによるカヴァー


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