1969年、浅川マキは劇作家・寺山修司によってその才能と存在感を見出され、シングル「夜が明けたら/かもめ」で再デビューを果たす。
それは、彼女が27歳になった年の出来事だった。学生運動、70年安保闘争という時代の中、「アングラの女王」と呼ばれるようになる。そんな“再デビュー”に至るまで、浅川マキはどんな日々を過ごしてきたのだろう?
──1942年1月27日、石川県石川郡美川町という漁師町で生まれる。家が五軒しかないという集落で、妹と共に過ごした幼い頃に「美空ひばりを聴いて育った」という。
高校を卒業すると役場に就職し、国民年金の窓口係を担当する。しかし、ほどなくして役場を辞め、夜行列車に乗って東京に向かった。「法律の勉強をするため」と言い残すも…ただ町を出たかったのかも知れない。
彼女は、新宿の街に惹かれた。思い切り裾の広がったドレスを買うと、あちこちのキャバレーの裏口のドアを叩いた。
「あの、こちらで歌手としてオーディションをしてみてもらえないかしら?」
一枚だけのドレスは、日を追うごとに汗のにおいがしみつく。それを大きなバッグに詰め込んで、新宿の街を歩く…。
よく深夜のジャズ喫茶の片隅に座った。始発が出る頃まで目を閉じている。黒いスピーカーから大音量で流れているモダンジャズの中で、時には奇妙な安らぎのような不思議な眠りに落ちた。
ジョン・コルトレーンやチャーリー・パーカーのサキソフォン…それは黒人の男の体温だった。そしてマへリア・ジャクソンが歌う黒人霊歌と、ビリー・ホリディの歌声にのめり込んでいった。
その後、沖縄米軍キャンプや新宿の歌声喫茶『灯』でゴスペルやブルース、ジャズを歌い始めた。1967年、25才で“最初のデビュー”を経験する。
しかし、そのデビュー曲「東京挽歌」は、自分が歌いたかった世界とはあまりにかけ離れていた。デビューはしたものの…レコードの売り上げも芳しくなく、歌う場所はキャバレーが主で、それも月に3回くらいしか仕事がない状態にあった。
寺山修司が知人の音楽プロデューサーの寺本幸司に誘われて、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』に出かけたのは、1968年の秋口のことだった。
「ちょっと面白い歌手がいるから見に来てくれないか」
寺山修司はひと目で浅川マキを気に入った。
「“夜が明けたら”を聴いたとたん、寺山は電流が走ったちゃったみたいで、それでのめりこみ始めたんです」
そう語ったのは九条今日子、1970年に離婚した後も劇団天井桟敷の制作担当として、亡くなるまで寺山の演劇活動を支えた元夫人だ。
浅川マキが自分で作詞作曲した「夜が明けたら」は、日本で作られた歌謡曲調のブルースではなく、アメリカの南部で生まれた黒人音楽の直系だった。
初の単独公演を行ったのは、1968年12月13日から15日までの3日間だった。場所は前衛芸術とカウンターカルチャーの発信地だった映画館、アートシアター新宿文化の地下に出来た小劇場『アンダーグラウンド蠍座』である。
夜10時開演という、それまでの常識にはなかった実験的な時間設定だった。構成と演出を手がけたのは寺山修司。
寺山は、歌の間にポエトリーリーディング(独り語り)を挟むという“新しい形”のリサイタルを提案した。それは関係者の心配を見事に裏切り、蓋を開けたらドアが閉まらないほどの連日満員の“伝説的な公演”となったのだ。
以来、蠍座では浅川マキのコンサートが定期的に行われ、寺山の書いた歌詞による独特のアングラ的な世界が評判になっていく。
口コミで徐々にその知名度が上がった浅川マキは1969年7月、東芝レコードから「夜が明けたら/かもめ」のシングル盤で“再デビュー”を果たす。
A面の「夜が明けたら」は自作の歌詞で蠍座におけるライブ録音で、そのジャケットもまた蠍座の入り口に立つ浅川マキの写真だった。
このシングル盤はゴールデン街をはじめとする新宿の飲み屋、バー、スナックなどで局地的にヒットして、口コミで全国へと広まっていった。
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