マリアンヌ・フェイスフル。
1968年に公開された映画『あの胸にもう一度』で、裸に黒革の衣装をまとってアラン・ドロンと共演し、日本の人気漫画『ルパン三世』に登場する峰不二子のモデルとなったと言われている女性だ。
1964年のデビュー当初、そのロリータ的な美貌と透き通るような歌声で、一躍イギリスを代表するカルチャーアイコンとなった彼女。
父親がイギリス人で、母親はオーストリアの名門貴族という家系出身。“マゾヒズム”という言葉の由来となった、レオポルド・フォン・マゾッホを親戚に持つことでも有名である。
17歳でいわゆる“出来ちゃった婚”をして、長男ニコラスを出産。18歳の時にローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズが手がけた楽曲「As Tears Go By(涙あふれて)」で、に歌手デビューを果たした。
翌年(1965年)には夫と離婚し、ミック・ジャガーの恋人となる。そして、当時のストーンズを取り巻く状況の中で、彼女もマスコミに追い詰められ、ミックとの子を流産した上に浮気性なロックスターに翻弄される日々に疲れ果て、現実逃避するためにドラッグに手を出すようになる。
そんなマリアンヌの姿を見かねたミックは、薬物を止めさせようとするもののうまくいかず、結局二人は1970年に破局してしまう。
ミックとも別れ、子供の親権をも失った彼女は自殺未遂を繰り返しながら、ドラッグに加え、アルコール依存症や摂食障害などの問題も抱えることになる。自ら更正施設に入ったりもして、何とか健康を取り戻そうともがいていた。
──1972年、25歳となったマリアンヌはオリヴァー・マスカーという一歳年下の男と急速に親しくなった。彼とは以前、いわゆるストーンズの“ドラッグ仲間”として何度か顔を合わせていた。
マスカーはアンティークを買い付けて、それを観光客や仲間に売りつける商売で生計を立てていたチェルシーのボヘミアンサークルの一人だった。出会った時のマリアンヌの印象を、マスカーは鮮明に憶えている。
「彼女は当時自分がホームレス状態だと言っていたが、僕にはそのようには見えなかった。彼女はジャンキーだったが、自分でそれを何とかしたいと思っていた。見た目は特に問題なかったよ。もともと顔色がよくない人だけどね」
当時のマリアンヌは注射をする度に深い眠りに入ってしまうし、ある時にはドラッグで意識がもうろうとしている状態で、手の親指と人差し指の間にツバメの刺青を入れてしまう始末だった。
彼女はその年に行なわれたミュンヘンオリンピックの中継を、ケント州にあるベグスリー病院の麻薬依存治療病棟の娯楽室にあるテレビで見ていたという。マスカーとの関係を深めながらも、治療に専念したのだ。
しかし、翌1973年、マリアンヌはあと一週間で注射が一切いらなくなるという時に、突然退院してしまう。その時点ではまだ一日一回のヘロインが必要な身体だった。
数日後、デイリーミラー誌の一面に、マリアンヌとマスカーの写真が大きく載った。
「ヘロインを克服したスターは輝きを取り戻し、再び恋に落ちた!これが公園で新しい恋人と一緒にいる彼女の姿だ!」
くつろいだ感じのその写真の中で、彼女は26歳という実際の年齢よりもずいぶんと老けて見えたという。誌面に掲載されたインタビューで、彼女は再び俳優の仕事につく用意があると語っていた。
その後、ステファン・ウィークス監督の映画『Ghost Story』(1974年公開)への出演を引き受ける。3ヶ月の撮影を終えて、イギリスの某ゴシップ誌のインタビューに答えた彼女は、ドラッグを一切絶ったことを宣言する。
ところが・・・実際のところ完全に断ち切るまでには、あと数年の時間が必要だった。
その年、彼女はロンドンのマーキークラブで収録されたテレビの特別番組で久しぶりに歌声を披露した。それは番組のホストであり、60年代からの友人の一人だったデヴィッド・ボウイからの出演依頼だった。アルコールとドラッグの影響は顕著で、以前の透き通るような彼女の歌声は完全に失われていた。
番組の収録が行なわれた2ヶ月後に27歳を迎える。1974年、マリアンヌの手元には映画の出演料や昔の印税の小切手が何枚か届くようになった。
彼女は以前ミックとそうしたように、マスカーを連れてロンドンのファッショナブルな店に顔を出し始める。新しく揃えたワードローブは、丸襟のジャケットやナイロンのワンピース、星形のプリント、オレンジやパープルの配色といった70年代らしいものだった。
その服のほとんどが当時ヒップな社交界で注目を集めていたブランド“イヴ・サンローラン”のものだったという。マスカーは当時の危うげな彼女をこんな風に見ていた。
「彼女は貯金などまったくしたことがなかった。だからお金を手にしてもすぐに一文無しになるんだ。彼女のお金だから、何にいくら使おうがかまわないと思っていたけど、時々必要以上に使っている気がしてたよ」
その年、彼女はトレードマークだったブロンドの長い髪を短くカットした。それは彼女が「演技一本でやっていく!」という決意の表われだった。ほどなくしてマリアンヌは様々なパーティーやコンサートに出かけては、マスカーとの結婚を周囲にほのめかしていたという。
「木の葉が色づくころには式を考えてるの。ロマンティックな私たちの雰囲気にピッタリでしょ!」
結婚式は秋になっても行なわれず、二人の関係は木の葉のように散っていった。マリアンヌと二年間過ごしたマスカーは、二人の関係の終焉をこう語っている。
「今思えば、僕らは結婚を真剣に考えていなかったんだ。今でも彼女とは連絡を取り合っているし、彼女のことはとても好きだ。別れたとき、最初の一分間はひどく劇的だったけど、すぐに友好的になったんだ。お互いにそろそろ終りだってわかっていたんだ。」
<引用元・参考文献『マリアンヌ・フェイスフル/アズ・ティアーズ・ゴー・バイ』マーク・ハドキンソン著:野間けい子訳/キネマ旬報社>
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