「彼は爆発する火山のようなエネルギーで私の持ち歌を編曲し、本格的なコンチェルトに変えたわ。あの頃の私たち二人は、最高のステージを作るためだけに生きていた」
1939年、マレーネ・ディートリヒ(当時38歳)は正式にアメリカの市民権を取得する。その後40代となり、第二次世界大戦が激化していく中、ヨーロッパ各地の前線でナチスドイツと戦う連合国兵士の慰問を積極的に行なう。
ヒトラーの差し金で、母国ドイツでは“裏切り者”として指弾されたディートリヒだったが、戦後、アメリカでは市民として最高の栄誉とされる大統領自由勲章を授与している。さらにはフランスでも最高勲章の一つであるレジオンドヌール勲章を授与するなど、スター女優としての功績と影響力はとても大きいものだった。
そんなディートリヒも50代を迎えた1950年以降は映画の仕事が減ったため、歌に軸足を移してアメリカやヨーロッパで歌手活動を展開するようになる。そして1957年、56歳の時、歌手として運命的な出会いを果たす。
「ある日、私の人生に大きくかかわる一人の男と巡り逢った。それからの数年間、彼は私をこの上ない幸福感に浸らせてくれることとなった」
当時、売れないどころかレコーディングさえもされない無数の曲を作っていたバート・バカラック(29歳)は、当時ディートリヒの伴奏者を担当していたピアニスト、ピーター・マッツからある依頼を受けた。
「自分はラス・ヴェガスでノエル・カワードの伴奏をやらなければならなくなったので、同じ日に入っていたマレーネ・ディートリヒの仕事できなくなった。代わりにお願いできないか?」
バカラックはその仕事にとても興味を惹かれたが、大女優ディートリヒに会うことを考えるとおよび腰にならずにはいられなかったという。
不安な気持ちを抱えたまま、指定されたビバリーヒルズのホテルの一室のドアをノックした。ディートリヒが滞在していたその部屋でオーディションを行うというのだ。
「初めて会った彼女はスクリーンで観ていたままのオーラを放っていて、とても美しかった。私の緊張をほぐすように食べ物をすすめてくれて、リラックスした表情で話しかけてくれました」
ディートリッヒは、その日のことを鮮明に憶えていた。
「私は彼を部屋に招き入れ、お喋りをしながら子細に観察したわ。彼は若い上にとてもハンサムで、今までに観たことながないほどの青い瞳をしていた」
しばらくして二人は部屋の片隅にあったピアノに向かった。そしてディートリヒは、バカラックに「Look Me Over Closely」という曲の譜面を手渡して一言。
「これはミッチ・ミラーが私のために書いてくれた楽譜なの。貴方ならどんなアレンジで伴奏してくれるかしら」
「ちょっと見せてくれますか」
バカラックは数分も経たないうちにイントロを弾きだした。
「リズムを変えて歌い出しをこんな風に編曲してみてはどうでしょうか?」
まるで昔から知っていたメロディーを演奏するかのように実に滑らかに伴奏が始まった。ディートリッヒは唖然として、口籠もりながら彼に言った。
「この歌をどうなさるつもりなの」
バカラックが即興で付けたアレンジは、それまでディートリッヒが歌ってきたものとは大きく違っていた。
「大丈夫です。僕が貴女の魅力を引き出します。ちょっと歌って頂けますか?」
そのアレンジの素晴しさにディートリヒは感激し、もうそれ以上のオーディション時間は必要なくなったという。
「あなたは曲を書くの?」
「はい、私はソングライターになりたいと思っています。」
「それじゃ、あなたの作った曲も聴かせてちょうだい」
バカラックは自作の曲「Warm and Tender」を弾いて、ディートリヒに聴かせた。
後日談だが、ディートリッヒはその曲をとても気に入り、バカラックを売り込むためにフランク・シナトラに聴かせたという。天下の大スター歌手シナトラに歌わせて、バカラックの名を広く知らしめようとしたのだ。しかし、シナトラがいい返事をしなかったため、ディートリヒはたいそう腹を立ててこう言い放った。
「あなたは大きなミスを犯した。彼はきっと有名なソングライターになるわ!今に見てなさい!きっとほえ面をかくわ!」
その日以降、売れないソングライターだったバカラックは音楽家として日の目を見ることとなる。そして、ディートリヒも彼との出会いによって、歌手としてのスキルを格段にアップさせていく。
北米、南米、ドイツなど世界中を回り、ついにはニューヨークのブロードウェイでの“ワン・ウーマン・ショー”までも成功させ、二人はベストパートナーとしてお互いに大きな飛躍を遂げていく。ツアー先のステージで、ディートリヒは若きパートナーをこんな風に紹介したという。
「皆さんにご紹介したい人がいます。彼は私のアレンジャーであり、伴走者であり、指揮者であり、できれば作曲者と言いたいところですが、残念ながら私専属のソングライターではありません。彼はみんなの作曲家なのです! バート・バカラック!!」
<引用元・参考文献『ディートリッヒ自伝』マレーネ ディートリッヒ (著)、石井栄子 (翻訳)中島弘子(翻訳)、伊藤容子(翻訳)未来社>、『バート・バカラック自伝 – ザ・ルック・オブ・ラヴ』バート・バカラック(著)ロバート・グリーンフィールド(著)奥田祐士(翻訳)/シンコーミュージック>
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