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ビートルズの武道館公演を客席で観ていた次世代のスターとシンガー・ソングライターたち

2018.06.30

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京都のバンドだったザ・タイガース(沢田研二、岸部一徳、森本タロー、加橋かつみ、瞳みのる)は、ビートルズ来日公演を東京の日本武道館まで観に行った直後、プロとしてデビューすることが決まった。
そして秋には上京して合宿ぐらしを始めて翌年2月に「僕のマリー」でデビューすると、あっという間にGSで一番の人気があるバンドになった。

寺内タケシとブルージーンズのギタリストだった加瀬邦彦は、前座のバンドとして武道館に出演する予定になっていた。
ところが前座の出演者たちはビートルズとの接触を禁じられて、公演を観ることさえも出来ないとマネージャーに知らされて愕然とする。
そこで急遽、来日公演の直前にブルージーンズを脱退し、一人て客席からビートルズを観ることにした。
加瀬はその直後にビートルズのように全員が演奏とコーラスだできるザ・ワイルドワンズを結成、ビートルズと同じ東芝音楽工業の洋楽部門であるキャピトル・レーベルから、11月5日に自分で作曲した「想い出の渚」でデビューして大ヒットを放った。

やがてGSブームが去った後に作曲家となった加瀬はタイガース解散後の沢田研二に楽曲を提供し、プロデューサーとして二人三脚で活躍している。

想い出の渚

ビートルズを知って夢中になってコピーから始めて、実力を磨いていったバンドがザ・スパイダースだった。
彼らにも前座出演のオファーがあったが、メンバー同士で話し合ってそれを辞退することにした。
かまやつひろしがそのことについて、著書「ムッシュ!」にこう記している。

 客席で日本人ミュージシャンのステージを観ながら、正しい判断をした、とぼくは感じていた。いまでも、正解だった、と思っている。
 ビートルズをはじめとするイギリスのビート・グループが起こしたムーブメントに対するとらえ方が、日本の芸能界、音楽界は甘かったのだと思う。”カウンターカルチャー”などという言葉はまだ生まれていなかったが、日本の芸能界の対応を見ながら、「そうじゃないんだ」といつも心のなかでつぶやいていた



チューリップのリーダーとなる財津和夫は大学受験に失敗して浪人中だったが、東京の大学に行っていた女友達から武道館公演のチケットを譲り受けたので、博多から17時間かけて夜行列車で武道館に駆けつけた。
広い会場に着いて自分の席につくとほぼ最上段で、ビートルズはほんとに豆粒大の大きさにしか見えなかった。

財津が何より驚いたのは、隣の席にいた同世代の男の子についてだった。
彼はデッキシューズにヨットパーカー姿で、「ポール!ジョージ!ジョン!リンゴ!」と、初めから終わりまで泣きながら叫んでいた。

東京はなんて、すごいんだ。こういう男の子がいるのだ。とまたまた感動が増してしまった。そして、音楽で男に涙を流させるビートルズとは、なんてすごいのだろう、音楽にはこんな力があるのだ、と興奮と感激で、ふたたび夜行列車に乗り込んだのだった。ぼくもバンドをやりたい、と切実に思うようになった。
(財津和夫著「心の旅、永遠に」河出書房新社刊)


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最も早い時期からビートルズに夢中になった少女の一人、1970年代にシンガー・ソングライターとして活躍するイルカが来日公演に行ったのは、高校1年生になってまもなくのことだった。

チケットのために懸賞に何十枚もはがきを送って、聴きに行きました。宿泊したホテルの周りには機動隊が盾を持って厳重な警戒。同級生数人と裏口から潜入して、結局会えなかったけれど、厨房(ちゅうぼう)の人がもうサインをもらっていて、それを触らせてもらいました。


しかし警備があまりにも厳重すぎて異様なまでの緊張状態で、心から楽しむ雰囲気など全くなかったという。

ただでさえビートルズと同じ空気を吸うんだから緊張しているのに、機動隊の人たちが並んでいたので、みんなしーんとしていましたね、しーんと。
コンサートが始まったら「キャ~」って感じはありましたけど、ステージに上ってとか、失神してとか、そんなことは到底できませんよね。


武道館公演の警官

16歳だった仲井戸麗市は来日公演に行く前から、「来るというのは間違いなく嬉しいけど、帰ってしまうのは悲しい」と、やや複雑な感情があったという。
そして実際に公演が終わった後の虚脱感は、ハンパじゃなく大きかったそうだ。

混沌としている当時の自分は「ビートルズが帰っちゃった。明日からどうしよう……」って本当に胸がはりさけそうな気分だった。


武道館の会場で観客としてビートルズを観た若者たや少年少女たちが、その後の日本の音楽シーンの主役になっていく。
日本の音楽史におけるビートルズの来日公演は、あらゆる面からみてエポックメイキングな出来事だったのだ。

そんな来日公演を体験した大人のなかで、ほとんどただ一人、その音楽に感動したと正直に述べていた人物の言葉を紹介したい。

切符が手に入ったので、あまり気がすすまないままに公演にでかけた。
でも公演をきいて感動した。
本当のものが確かにある。
それでいまビートルズの音楽を分析しているところですが、作品は相当すごい。
歌も常識とかなり違っている。
音楽も、ポピュラーとはいえ、教会音楽、それに長いヨーロッパ音楽の伝統が生かされ、非常に高度だと感じた。
とくに最近の音楽は、誰にでもやれるというものではない。
あの音楽は、楽しく陽気なのとはまったく逆のもの。
深刻で本質的なものをもっている。
(『ビートルズレポート―東京を狂乱させた5日間(話の特集 完全復刻版)』WAVE出版)


ビートルズよりも半年前に全米ヒットチャート1位になった日本の歌「SUKIYAKI(上を向いて歩こう) 」を作った作曲家でプロデューサーの中村八大は、彼らの音楽にある「深刻で本質的なもの」を高く評価していたのである。






(注)本コラムは2016年6月24日に初公開されました。

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