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ビートルズの武道館公演を客席で観ていた、次世代のスターとシンガー・ソングライターたち

2016.06.24

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京都のバンドだったザ・タイガース(沢田研二、岸部一徳、森本タロー、加橋かつみ、瞳みのる)は、ビートルズ来日公演を武道館まで観に行った直後に、プロデビューが決まって上京している。
そして翌年2月に「僕のマリー」でデビューすると、あっという間にGSで一番の人気のあるバンドになった。

寺内タケシとブルージーンズのギタリストだった加瀬邦彦は、前座のバンドはビートルズとの接触を禁じられて、公演を観ることも出来ないと知った。
そこで来日公演の直前にブルージーンズを脱退し、客席でビートルズを観た直後にザ・ワイルドワンズを結成。11月5日にビートルズと同じ東芝音楽工業の洋楽部門、キャピトル・レーベルから自分で作曲した「想い出の渚」でデビューして大ヒットを放った。

想い出の渚

後に作曲家となって大成した加瀬は、タイガース解散後の沢田研二に楽曲を提供し、プロデューサーとしても活躍する。
その著書のタイトルには、『ビートルズのおかげです―ザ・ワイルド・ワンズ風雲録 あの頃の音楽シーンが僕たちのスタイルを生んだ』と、ビートルズへのリスペクトが込められていた。

ビートルズを知って夢中になり、そのコピーから始まったバンドがザ・スパイダースだ。
彼らにも前座出演のオファーがあったが、メンバー同士で話し合って辞退している。
かまやつひろしがそのことについて、著書「ムッシュ!」(文春文庫)にこう記していた。

 客席で日本人ミュージシャンのステージを観ながら、正しい判断をした、とぼくは感じていた。いまでも、正解だった、と思っている。
 ビートルズをはじめとするイギリスのビート・グループが起こしたムーブメントに対するとらえ方が、日本の芸能界、音楽界は甘かったのだと思う。”カウンターカルチャー”などという言葉はまだ生まれていなかったが、日本の芸能界の対応を見ながら、「そうじゃないんだ」といつも心のなかでつぶやいていた


大学受験に失敗して浪人中に、福岡から上京してコンサートに行ったのがチューリップのリーダー、財津和夫である。
東京の大学に行っていた女友達から武道館公演のチケットを譲り受けて、財津は博多から17時間かけて夜行列車で武道館に駆けつけた。

とにかく広い会場に着いて、ほぼ最上段の席で観たビートルズは豆粒大にの大きさにしか見えなかった。
驚いたのは隣の席にいた同世代の男の子が、デッキシューズにヨットパーカー姿で、「ポール!ジョージ!ジョン!リンゴ!」と、泣きながら叫んでいたことだ。

東京はなんて、すごいんだ。こういう男の子がいるのだ。とまたまた感動が増してしまった。そして、音楽で男に涙を流させるビートルズとは、なんてすごいのだろう、音楽にはこんな力があるのだ、と興奮と感激で、ふたたび夜行列車に乗り込んだのだった。ぼくもバンドをやりたい、と切実に思うようになった。
(財津和夫著「心の旅、永遠に」河出書房新社刊)


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日本で最も早い時期からビートルズに夢中になった少女の一人、シンガー・ソングライターのイルカは、こんな言葉でビートルズとの出会いを振り返っている。

中学1年でビートルズのサウンドを聴いたとき、なんかこう、ふわ~っと自分が目覚めたような感じがしたんです。
今まで見えなかったものがふわ~っと見えたような。
それからずっと今まで、いろんな形で彼らに導かれてきたような気がします。


来日公演に行ったのは、高校1年生になってまもなくだった。

チケットのために懸賞に何十枚もはがきを送って、聴きに行きました。宿泊したホテルの周りには機動隊が盾を持って厳重な警戒。同級生数人と裏口から潜入して、結局会えなかったけれど、厨房(ちゅうぼう)の人がもうサインをもらっていて、それを触らせてもらいました。


しかし警備があまりにも厳重すぎて、異様なムードの緊張状態で心から楽しむ雰囲気など、全くなかったという。

ただでさえビートルズと同じ空気を吸うんだから緊張しているのに、機動隊の人たちが並んでいたので、みんなしーんとしていましたね、しーんと。
コンサートが始まったら「キャ~」って感じはありましたけど、ステージに上ってとか、失神してとか、そんなことは到底できませんよね。


武道館公演の警官


16歳だった仲井戸麗市は来日公演に行く前から、いろいろな感情があったという。

来るというのは間違いなく嬉しいけど、帰ってしまうのは悲しい(笑)


実際に公演が終わった後の虚脱感は、ハンパじゃなく大きかったそうだ。

混沌としている当時の自分は「ビートルズが帰っちゃった。明日からどうしよう……」って本当に胸がはりさけそうな気分だった。


武道館の会場で観客としてビートルズを観た若者たち、少年少女たちがその後の日本の音楽シーンの主役になっていく。
日本の音楽史におけるビートルズの来日公演は、最もエポックメイキングな出来事だったのだ。

最後に来日公演を体験した大人でほとんどただ一人、ビートルズの音楽に感動して、その本質をとらえて高く評価していた音楽家の言葉を紹介したい。

切符が手に入ったので、あまり気がすすまないままに公演にでかけた。
でも公演をきいて感動した。
本当のものが確かにある。
それでいまビートルズの音楽を分析しているところですが、作品は相当すごい。
歌も常識とかなり違っている。
音楽も、ポピュラーとはいえ、教会音楽、それに長いヨーロッパ音楽の伝統が生かされ、非常に高度だと感じた。
とくに最近の音楽は、誰にでもやれるというものではない。
あの音楽は、楽しく陽気なのとはまったく逆のもの。
深刻で本質的なものをもっている。
(『ビートルズレポート―東京を狂乱させた5日間(話の特集 完全復刻版)』WAVE出版)


ビートルズよりも半年前に全米ヒットチャートの1位になった日本の歌、「SUKIYAKI」を作った作曲家でプロデューサー、中村八大の発言である。




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