Extra便

追悼・井上堯之①~好むと好まざるとに関わらず作家としてスタートしたのは萩原健一が奮い立たせてくれたからだった

2018.05.11

Pocket
LINEで送る

デビュー51年目を迎えた永遠のロッカー、萩原健一(ショーケン)のツアーがビルボードライブ東京で初日を迎えたのは2018年5月2日のことだ。

第1回目の公演が始まる前から、会場は静かな熱気に包まれていた。
そこに流れるBGMはすべてボブ・マーリーの曲で、「ノーウーマンノークライ」が終わったのをきっかけに場内が暗くなった。

雷のSEとともに、ローリング・ストーンズの「We Love You」が爆音で響きわたると、思い思いに黒の衣装で統一したバンド・メンバーが登場してくる。
最後に白いジャケットとパンツ、それにホワイトの靴というショーケンが、落ち着いた足取りでステージに上がった。

ライブは伝説となったスーパーグループ、PYGの「自由に歩いて愛して」から始まった。
ショーケンは2人のギタリストとともにギターを弾き、ときにはマラカスを振り、ハープを吹き、そしてシャウトする。

この心の 鎖をほどいて
もう自由に 歩いて愛して
空はみんなの
愛はあなたのものになる時
今こそ


「自由に歩いて愛して」は作詞が安井かずみ、作曲したのは井上堯之である。
続く2曲目もまた、井上堯之の代表作ともいえる「愚か者よ」だった。

だがその日、井上堯之が77歳の生涯を終えて帰らぬ人になったことを、会場にいる人間はまだ誰一人として知らなかった。



60年代後半に活躍したGSの人気バンド、ザ・スパイダース、ザ・タイガース、ザ・テンプターズのメンバーにより結成されたロック・バンドのPYGは、1971年4月にシングル「花・太陽・雨」でレコード・デビューを果たした。
当初のメンバーは以下の6人だった。

沢田研二(タイガース):ボーカル
萩原健一(テンプターズ):ボーカル
井上堯之(スパイダース):ギター
大野克夫(スパイダース):キーボード
岸部修三(タイガース):ベース
大口広司(テンプターズ):ドラムス


井上堯之は「スパイダース ありがとう!」という自伝のなかで、PYGを始めた時の気持ちをこのように述べている。

よりロック的でアンチ体制的な音楽を目指してPYGはスタートしました。それをバックで支えているのは芸能界で強大な影響力と資金を誇っていた渡辺プロです。大船に乗ったような気持ちで私たちはレコーディングに臨みました。
デビュー曲の「花・太陽・雨」は、レコーディングに費やした時間は実に100時間。録音方法も、ドラムセットにそれぞれマイクをセッティングするという、現在では一般的になっている方法をいち早く導入。テレビ番組の収録でも、そのセッティング以外では出演しない、という条件付きでした。
それは決してわがままではなく、ミュージシャン主導の制作へと、すべてのシステムを変えていこうとしていたのです。その先にあったのは、良いものを作りたいという一心でした。



そんな生真面目な思いと志でスタートしたPYGだったが、いざ活動を始めてみるとどこの公演会場でも集客に苦労し、GS時代のファンからの支持が得られていないことがわかった。

逆にお客が満杯の野外フリー・コンサートに出演すれば「帰れ!」コールに、空き缶、空き瓶、ゴミの集中放火を浴びる始末です。
「お前ら変わってない!」
「引っ込め!」
という客席からのやじに、ショーケンは
「うるせー!!」
と応酬して、演奏どころではありませんでした。


音楽的に目ざしていたニュー・ロックのコンサートでも、芸能プロに所属するスターへの偏見と風当たりは強かった。
PYGは突破口を見つけられないまま、わずか半年間の活動で自然消滅となった。
残されたのはスタジオ録音のアルバム『PYG!』と、2枚組のライブ盤だけである。

沢田研二はソロの道を選び、ショーケンは俳優の仕事へと比重を移していった。
正式な解散宣言もないまま寂しい幕切れとなったPYGは、結果として井上尭之バンドという形でスタートすることになった。

しかし、ミュージシャン主導による新しい音楽シーンを目指して本気でやった分、リバウンドが大きくて井上堯之は精神的にかなり落ち込んだという。

そうした状態が続いたときに奮い立たせてくれたのが、俳優として高い評価を得ていくショーケンだった。
自分の出演するテレビドラマや映画の音楽担当としてショーケンが推薦してくれたことから、井上堯之は好むと好まざるとに関わらず、作家としてのキャリアをスタートさせていく。

ドラマ『太陽にほえろ!』のテーマと劇伴を引き受けて、キーボードの大野克夫が作曲と編曲を担当し、井上堯之バンドが演奏したことが最初のとっかかりとなった。
その斬新なテーマが視聴者の間で評判になり、予定になかったシングルが急きょ発売されてヒットしたことで、サントラ盤のアルバムがロングセラーとなっていったのだ。



井上堯之はその後、テレビドラマ史に残る傑作といわれる『傷だらけの天使』(主演:萩原健一)を筆頭に、倉本聰脚本の『前略おふくろ様』(主演:萩原健一)、向田邦子脚本の『寺内貫太郎一家』の音楽を立て続けに担当している。
その一方ではショーケンが主演した『青春の蹉跌』や『雨のアムステルダム』『アフリカの光』、沢田研二の主演による『太陽を盗んだ男』などの作品によって、映画の世界でも音楽家としての地位を築いていく。

そして沢田研二のバックを務めていた井上堯之バンドを1980年をもって解散すると、ギタリストから作曲家や編曲の仕事へとシフトしていった。
やがて中島みゆきの傑作「ファイト!」の編曲などを手がけた後で、ギターを弾くことを自ら封印してしまう。

それからは「いつ死んでもいいように、今日を限りに生きよう」という強い決意もと、音楽家になるためにアカデミックな勉強も始めている。
仕事があろうがなかろうが、とにかく毎日作曲を続けるという日々を過ごし、弦楽四重奏のオリジナルをサントリーホールで発表するまでになった。

1986年には映画『火宅の人』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞、1987年には作曲した「愚か者」(近藤真彦)が日本レコード大賞を受賞した。

自分はこれでやっと一人前の作曲家になれたのかなと思えた時、それは嬉しくて嬉しくて、こんな私でも涙が止まりませんでした。


そんな井上堯之が再びギターを手にするようになるのは、年号が昭和から平成に年号があらたまった1989年のことだっだ。
ショーケンから電話がかかってきて、「一緒にツアーしよう」と言われたのである。

以下、「追悼・井上堯之②~「こんな親友を持てたこと、幸せに思うよ」」に続きます。


〈参考文献〉井上堯之著「スパイダース ありがとう!」(主婦と生活社)、萩原健一著「ショーケン」(講談社)




ツアー情報【萩原健一 「Time Flies」】

5月13日(日)名古屋ブルーノート
Info: http://www.nagoya-bluenote.com/
5月30日(水)・6月1日(金)・6月2日(土)ビルボードライブ大阪
Info: http://www.billboard-live.com/
6月9日(土)・6月10日(日)モーション・ブルー・ヨコハマ
Info: http://www.motionblue.co.jp/





Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[Extra便]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑