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季節(いま)の歌

秋の歌〜甲州街道はもう秋なのさ 前編

2014.09.14

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秋の到来です。
今回の<季節(いま)の歌>は、RCサクセションの代表曲「スローバラード」と同時期に録音された「甲州街道はもう秋なのさ」を聴きながら、アルバム『シングル・マン』の発売を廻って起きた前代未聞のエピソードをご紹介します。

♪甲州街道はもう秋なのさ/ RCサクセション


たばこをくわえながら 車を走らせる
甲州街道はもう秋なのさ
ハンドルにぎりながら ぼく半分夢の中
甲州街道はもう秋なのさ


1970年のデビュー後、RCサクセションは“物憂げな秋”のような時代を迎えていた。
3rdシングル「ぼくの好きな先生」(1972)のスマッシュヒットはあったものの、その後は不遇の日々を過ごしていたのだ。
彼らは、所属していた事務所(ホリプロ)で起こった“井上陽水独立騒動”に巻き込まれて飼い殺し状態に…後に忌野清志郎が様々なインタビューの際に口にする“落ち目の時代”とは、この頃からのことを指す。

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1974年の12月、RCは発売される見込みのない新作アルバム『シングル・マン』のレコーディングに入る。
清志郎曰く「仕事が無かったから、曲を作るか、レコーディングをするかしかなかった」のだという。
アルバムのアレンジャーは星勝(ほしかつ)が担当した。
当時、RCや陽水と同じホリプロに所属していたグループ・サウンズバンド、モップスのギター&ボーカルを担当した男である。後に作曲家、プロデューサー、アレンジャーとして活躍した人物だ。
この頃の星勝と言えば、陽水のアルバム『断絶』のアレンジをしたことで評価が上がっていた。
清志郎と陽水が合作した曲として有名な「帰れない二人」は星勝のアレンジによって誕生したものだった。
その他、彼が手掛けた代表的な曲といえば、小椋佳の「シクラメンのかほり」などが有名である。
彼のアイディアもあって、アルバム『シングル・マン』のレコーディングには手練のミュージシャン達が集められた。
キーボードにミッキー吉野、後にRCに加入するG2(柴田義也)、ドラムスに西哲也、チト河内、そしてホーン・セクションには、たまたま来日していたタワー・オブ・パワーが起用された。(ただし、清志郎はそのホーンをあまり気に入っていなかったらしい)
契約上の問題から彼等の名前はクレジットされず、かわりに「このレコードは世界的なスタジオ・ミュージシャンを豊富に使用しております。安心してご利用ください。」という冗談みたいなコメントが記載された。
その後、このアルバムの発売を廻って前代未聞の出来事が起こるのである…


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RCサクセション『シングル・マン』

(1974/ポリドール)


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