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世界の壁を前に渾身のパフォーマンスでそれを乗り越えた矢沢永吉

2016.02.09

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エルヴィス・プレスリーが亡くなってからちょうど20年の節目となる1997年8月16日。
ロンドンのウェンブリー・スタジアムでは、「ソングス・アンド・ヴィジョンズ」というコンサートが催された。

世界を代表するスターが集まり、過去40年間のヒット曲を振り返りながら次々と豪華共演を果たすという内容で、その模様は世界20カ国のテレビで放送される運びとなっていた。

イギリスからはロッド・スチュワートやスティーヴ・ウィンウッド、アメリカからはジョン・ボン・ジョヴィやチャカ・カーン、メアリー・J・ブライジが参加する中、日本からはアジア代表として矢沢永吉が出演することとなった。

世界という大舞台に心を踊らせた矢沢だったが、現地で待っていたのは他のアーティストとの明らかな待遇差だった。
リハーサルの時間は他の出演者よりも圧倒的に少なく、音も悪くてトラブル続きだったという。

それが現実なんだ。世界の壁はまだまだ厚いんだ。オレは悔しかった。


妻に電話すると「こういうインターナショナルな催しは、もう二度とやらない」と不満を露わにした。
しかし、だからといって引き下がるわけにはいかなかった。
どんなときでも勝つためにはどうすればいいのかを考え、常に最善を尽くすというのが矢沢の信条だったからだ。

コンサート当日、会場は7万人以上の大観衆で埋め尽くされた。
テンプテーションズの「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」のイントロが流れると、ロッド・スチュワートが登場して先陣を切り、続いてチャカ・カーンが登場、そこにメアリー・J・ブライジとスティーヴ・ウィンウッドも加わった。
豪華アーティストたちの共演に、会場は出だしから熱狂に包まれた。



セットリストが進むに従い、だんだんと年代を遡っていくという構成でコンサートは進み、終盤はエルヴィス・プレスリーのメドレーとなった。
トニ・ブラクストンが「ラヴ・ミー・テンダー」を歌うと、スティーヴ・ウィンウッドは「ハウンド・ドッグ」でそれに続き、ボン・ジョヴィは「ザッツ・オール・ライト」を披露した。
そしてプログラムも残り3曲というところで、ようやく矢沢永吉の出番は回ってきた。

「日本のロックンローラーを紹介しよう。スペシャル・ゲスト、ヤザワ!」


意外なゲストの登場に会場がざわめく中、演奏が始まると矢沢はステージ中央に颯爽と登場した。
それが自分の名前すら知らないであろう、7万人の観衆と対峙した瞬間だった。
矢沢が一歩も怯むことなく渾身の気持ちを込めて歌い始めると、あっという間に会場の空気は変わっていった。
ステージ全体を使った持ち前のパフォーマンスも披露し、矢沢がアクションをする度に会場から歓声が上がった。

次の出番は男性シンガーたちによる「ハートブレイク・ホテル」のリレーだった。
ロッド・スチュワート、ロバート・パーマー、ジョン・ボン・ジョヴィ、スティーヴ・ウィンウッドと順番に歌いながら登場し、最後に矢沢がシャウトを響かせながら登場すると、他のアーティストに負けず劣らず盛大な歓声が湧いた。

自分のパートを歌い終わった矢沢はすっと後ろに下がったのだが、それに気づいたロッドがステージ中央に来るよう合図を出した。

それまで延々ロッドはオレをシカトしてた。「ヤザワ? フー? 東洋からきた誰?」みたいな感じだった。
それがオレの『ドント・ビー・クルーエル』を聴いて、ロッドは素直に思ったんじゃないのかな。かっこいいって。


左にロッド・スチュワート、右にボン・ジョヴィ、そして中央に矢沢永吉という組み合わせに、会場のボルテージは最高潮に達した。

常に勝つことを考えて行動してきた矢沢は、ここでも圧倒的に不利な状況をはねのけて勝ちを掴みとってみせたのだった。



参考文献:
『アー・ユー・ハッピー?』矢沢永吉著(日経BP社)

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