街の歌

On the Sunny Side of the Street〜ウォール街株価大暴落から始まった世界的な大恐慌時代、人々の心に勇気と希望を与えた歌〜

2016.12.04

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(ヴァース・前置き)
歩くときはいつも独りぼっち
ずっと話し相手もいなかったよ
あるのは陰気な暗がりと憂鬱だけ
ところがある朝、君が通りかかり僕の心が晴れたんだ
やった!ついに!
今では張り切って毎日を迎え
心に太陽を宿して日を終える
憂鬱は吹っ飛んだんだ!霧散した!
君から歌を教わったときに
そう、こんな風に心に言いきかせて唄うようにと

(歌詞本編)
さあ!コートを掴んで
帽子をかぶって外に出よう
悩み事なんか戸口の階段にうっちゃっておけ
足を通りの陽のあたる側に向けさえすればいいんだ

パタパタという音が
ほら、聞こえるだろ?
楽しそうな音が
あれはあんたの足音だよ
陽のあたる側を歩けば人生は楽しいものになる

これまでずっと日陰や裏通り歩いてきた
暗い人生をね
あれやこれや陰気に憂鬱をいっぱい抱え込んで
だけど俺はもう負けないぞ
なぜって?俺は流浪者だったけど
もう通りの向こう側に渡ったから
生き方を変えたんだよ

一文無しでも気持ちはロックフェラーだ
足下に落ちた塵だっていつか金(ゴールド)に変わるさ
陽のあたる通りを歩いていれば


1930年に作られたこの「On the Sunny Side of the Street」は、数あるアメリカのジャズ・ポピュラーソングの中でも、日本で最もよく知られた歌の一つと言えるだろう。
クレジットを見ると作曲はジミー・マクヒュー、作詞はドロシー・フィールズと記されている。
ジミー・マクヒューは、ピアニストとして音楽活動をスタートした後に作曲家に転身。
彼は女流作詞家ドロシー・フィールズと組んで、数々のミュージカルや映画音楽を残した人物である。

曲の初出は『リュー・レスリーのInternational Review』という舞台演劇だった。
その頃と言えば、1929年のウォール街株価大暴落から始まった世界的な経済大恐慌によって多くの人達が貧困にあえいでいた時代。
活気を失った人々の心に勇気と希望を与えヒットしたと言われている。
以降、ジャンルを問わず国内外の多くの歌手やバンドが演奏してきた名曲である。
ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー、ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラ、ジュディ・ガーランド、ドリス・デイ、エラ・フィッツジェラルドなど名立たるアーティスト達がレパートリーにしてきた。



日本では「明るい表通りで」「陽のあたる道で」と訳されることの多いこの歌は、どこか戦後の日本で流行した「りんごの唄」にも通じるところがあるのかもしれない。

■リンゴの唄〜敗戦直後の日本人の心に“希望のそよ風”を運んだ奇蹟の歌〜
http://www.tapthepop.net/imanouta/39892

また、日本語詞ではあの名曲「プカプカ」で有名な西岡恭蔵のベストパートナーとしても知られる、46歳で亡くなった(原詞と同じく女流作詞家の)KUROのバージョンが秀逸だ。


つらい別れも 明日になったら
懐かしい 想い出にかわる
口笛ひとつで 陽気になれるさ
あの街じゃ そうさSunny Side of the Street

イカした唄と 仲間たちが 
きっと お前を 待ってるはずさ

涙忘れて 一度の人生  
目指すのは あのSunny Side of the Street

イカした唄と 仲間たちが 
きっと お前を 待ってるはずさ

涙忘れて 一度の人生   
目指すのは あのSunny Side of the Street


■「プカプカ」のモデルとなったのは、激動の時代を駆け抜けたジャズ・シンガーだった
http://www.tapthepop.net/song/15305

■カウンター・カルチャーが台頭した70年代、「プカプカ」を歌い継いだのは役者やダンサーだった
http://www.tapthepop.net/song/15451


<参考文献『いつか聴いた歌』/和田誠(愛育社)>

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