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チェルシーホテルのベッドの上で…

2014.02.02

チェルシーホテルにいた時の君を憶えている
君は男勝りだったけど、とても愛くるしくもあった
リムジンが下で待っているあいだに
乱れたベッドの上で口でやってくれた
こぶしを固く握りしめてクスリを静脈に打ちながら…
君は有名で、君のハートは伝説だった

このショッキングな一節は、レナード・コーエンが60年代後期に書いた歌から抜粋しものだ。
或る日、彼がN.Yのホテルで実際に体験した出来事を回想しながら綴ったという。
歌の中の女性は1970年10月4日、27歳の若さで突然この世を去った。
それは満たされない心で何かを探し求め、何かに追われ続けたような短い生涯だった。
彼女の死から二年の月日が流れた頃、レナードはツアーのステージで一曲の歌を未完成のまま詠唱するようになる。その歌は彼女に捧げられたもので、74年発表の彼の4thアルバムの中に「チェルシーホテル#2」として収録された。

「この歌に関しては、プロとしての人生のなかで唯一後悔すべき配慮に欠けた
行動をしてしまった…いや申し訳ない!幽霊に謝れるものなら謝りたい!」


発売から二十年が経った1994年、イギリスのBBCラジオ番組で彼はこう発言した。
その女性がジャニス・ジョプリンであるという事を、公の場で示唆したインタビューとなった。

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その発言から程なくして、書籍『レナード・コーエン伝』の中で彼は二人の出会いのエピソードを初めて語った。それはまるで何かの物語を話しているような口調だった。

「むかしむかし、N.Yに或るホテルがありました。
ある晩、午前3時頃、私はそのホテルで一人の若い女性と出会いました。
私は彼女が誰なのか知りませんでした。
後で彼女はとても偉大なシンガー、ジャニス・ジョプリンだということを知りました
その夜、私は非常に落ち込んでいて眠れずにいました。
私はバーガー屋に行きチーズバーガーを食べましたがお腹も気持ちも満たされずに、そのまま
古びた酒場のドアを開けディラン・トマスを探しました。
彼はすでに死んでいてもう過去の人だと知りながらも…。
酒が心を満たす事もなく、私はホテルに戻りエレベーターの前に立ちました。
すると、そこに彼女がいたのです。
彼女はもちろん私を探していたわけではありません。
『私が探していたのはクリス・クリストファーソンよ』と、後に彼女から聞きました。
私達は無関心から憐れみを生み出す神聖なプロセスを経て…
互いの腕の中に落ちていきました。
彼女が亡くなって、私は彼女のために一曲の歌を書きました。」


2012年、77歳で発表した新作アルバムが16ヵ国で1位を獲得し、その存在感をあらためて世界中に知らしめたレナード・コーエン。彼は今もステージでこの歌を大切に歌い続けている。
あの日、二人はそれぞれに探していたものと出会う事ができ、ほんの一瞬でも心を満たす事ができたのだろうか?
チェルシーホテルのベッドの上で…。

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レナード・コーエン『New Skin for the Old Ceremony』
(1974/Sony)
SONY MUSIC ENTERTAINMENT CANADA INC. - Leonard Cohen
レナード・コーエン『Old Ideas』
(2012/Sony)


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<解説>
【チェルシーホテル】
チェルシーホテルは、マンハッタンの23th Street (23番街)沿い、7th Avenueと8th Avenueの間にある。1883年に建設されたが、当初は共同アパートとして使われていた。ホテルとなったのは1905年のこと。
「私の父が1940年にホテルチェルシーを引き継いだのです」と語るのは、現在のこのホテルのマネージング・ディレクターを勤めるスタンレー・バード氏。
「父が1957年にリタイアし、私にマネージメントを教えてくれました。それ以来、50年以上に渡り私がこのホテルを管理しています。」


このチェルシーホテルを舞台に、数えきれない程の伝説や逸話が語り継がれ、そしてこの場所をテーマにいくつかの名曲が生まれた。
ボブ・ディランは恋人ジョーン・バエズのために「ローランドの悲しい目の乙女」を書いた。アンディ・ウォーホルが制作した映画『チェルシー・ガールズ』のためにルー・リードとヴェルヴェット・アンダーグラウンドのギタリストのスターリング・モリソンが同名の曲を共作し歌姫ニコにプレゼントした。

詩人のディラン・トマス、『トム・ソーヤーの冒険』の筆者マーク・トウェイン、『2001年宇宙の旅』の作家アーサー・C・クラーク、短編小説の名手オー・ヘンリーを筆頭に、アレン・ギンズバーク、ウィリアム・バロウズ、チャールズ・ブコウスキー、アーサー・ミラー、アンディ・ウォーホル、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、クリス・クリストファーソン、イギー・ポップ、トム・ウェイツ、パティ・スミス、ジョニ・ミッチェルetc.…そしてレナード・コーエン。この錚々たる著名人達も、ここの住人であり、宿泊客だった。
ビートニク、ヒッピー、詩人、ミュージシャン、ロッカー、絵描き、物書き、フォトクラファーからジャンキー、アル中、浮浪者、ボヘミアン、酔っぱらい…
ありとあらゆる人種やアーティストが通過していった希有な場所だ。
ここで起きた出来事や歴史は様々な人達に語られ、綴られ、映画の舞台にもなった。

1978年、パンクロックのアイコン的な存在、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスのガールフレンドが刺殺体で発見されたのもこのホテルだった。
「シド・ヴィシャスがここに泊まった理由は、ボブ・ディランが宿泊していたからなのです。シドは彼に合いたかったのです。シドの彼女は自殺したかった。それでシドが手伝ったのです。まったくひどい事件でした」とバード氏は回想する。

2011年の夏、チェルシーホテルが創業100年を越える歴史に幕を降ろすというニュースが流れた。かねてから経営難が噂されていたが、ついにデベロッパーに買収されて実質的な閉鎖となった。全250室あるホテルには現在100名の「住民」がいて、彼らは引き続きそこに住む事が許され、新たな宿泊予約は受け付けておらず、今後は高級ホテルかマンションとして改装されるという。

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