「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SCENE

ダンサー・イン・ザ・ダーク〜「ハリウッド的予算なんて必要ない」とビョークは言った

2023.09.06

Pocket
LINEで送る

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(DANCER IN THE DARK/2000)


「辛いことばかりに敏感になって、喜びに鈍感になっている」。そんな経験をしたことはないだろうか。他人の祝祭生活のグレイテスト・ヒッツ的な投稿の連続によって、「まるで自分なんか」とSNS疲れに冒される人々が増殖している現在、こうした感覚に陥っている話をよく耳にする。

本来なら、人はもっと些細なことに幸せを見出さなければならないし、それができるはずなのだ。“盛られた出来事”や“加工された画像”なんかに惑わされずに、しっかりと現実を直視しながら、小さな喜びを感じることの大切さ。毎日どこかで必ず訪れるささやかな時間……こんなことを考えていると、1本の映画が浮かび上がってくる。

幼い頃に何度も読み返した、人のために尽くす少女を描いた絵本『黄金の心』からインスピレーションを得たラース・フォン・トリアー監督は、目の前の現実が辛くなると少しの間だけ妄想の世界=現実を大好きなミュージカルに作り変えるヒロインの話を書き始める。それは次第に避けられない運命=失明というドラマも加わりながら、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(DANCER IN THE DARK/2000)の脚本は更新されていった。

デンマーク出身のラース・フォン・トリアーにとって、遠い国のハリウッドのミュージカルは夢の世界の象徴だった。だが、60年代のアメリカでは絞死刑が実行されていた悪夢を知ることにもなる。いくつもの相反する世界観がぶつかり合うこの作品は、生きることが喜びではなく、喜びがあるから人生に耐えて生きていられる移民の話になった。

最大の課題はどんな音楽を使用するかということだった。だが私にはそれに関するアイデアがまったくなかった。そこにビョークが入ってきて、私は彼女の創造した音楽が素晴らしく気に入った。そしてセルマ役には彼女しかいないと思った。


当初、ビョークは音楽のみの担当で、演じる話は頑なに断り続けていた。しかし、長い時間をかけて映画の音楽に取り組んだ結果、主人公のセルマの魂が彼女に完全に宿っていき、この役は「自分しかいない」と思うようになったという。アイスランド出身のビョークにとって、ミュージカル好きの東欧移民の役は大いに共感できたのだろう。

ずっとミュージカルをやってみたかった。ただしハリウッド風のものではなくて、私が歌い、手元にあるものをあれこれ叩き、皆んながコーラスに加わって飛び跳ねて踊る。そこにマジックがあると思うの。このマジックを信じていれば、ハリウッド的予算なんて必要ないのよ。


『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に出てくる7つのミュージカルの場面では、ハリウッドのそれの法則に反して、お揃いの衣装やダンスはない。線路沿いでの列車の音、部屋でのレコードプレーヤーの針の音、工場での機械の音がきっかけで、それはセルマにとって自分にしか見えない世界として突然始まる。

この映画は現実のシーンでは手持ちのカメラでブレながら撮影されているが、ミュージカルの場面だけは100台ものデジタルカメラをアトランダムに設置して撮影するという斬新な試みがなされている。監督は6000分もの映像を編集する羽目になった。なお、全体を通じてヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュとの仕事で知られるロビー・ミュラーが撮影監督にあたる一方、ラース・フォン・トリアー自身も手持ちカメラで頻繁に撮影に加わったそうだ。

ラース・フォン・トリアーとビョークという、決して妥協しない二つの才能が同じ現場にいる。当然のように衝突も起こり、ビョークの長い失踪も経ながら撮影は進められていった。監督だけは彼女が必ず戻って来ると信じていた。また、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブは自ら出演を訴え、ビョークはドヌーブのアドバイスのおかげで最後まで難しいセルマ役を演じきることができた。カンヌでは最高賞のパルムドールと主演女優賞を獲得。

映画のパンフレットの冒頭にはこんなメッセージが記されていた。

作品のため、そしてまだご覧になっていない方のために、一つお願いがあります。
映画を観終わって誰かに話す時、または文章をお書きになる時、
結末に触れることをお控え頂きたいと思います。
誠に勝手なお願いですが、私にはそれはとても重要なことなのです。

ラース・フォン・トリアー


映画の名場面の一つ「I’ve Seen It All」


予告編

ダンサー・イン・ザ・ダーク

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』






*日本公開時チラシ
136138_3
*参考・引用/『ダンサー・イン・ザ・ダーク』パンフレット
*このコラムは2016年6月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
https://www.wildflowers.jp/profile/
http://www.tapthepop.net/author/nakano
■仕事の依頼・相談、取材・出演に関するお問い合わせ
https://www.wildflowers.jp/contact/

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the SCENE]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ